未来軍部11
□月の天使
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「あの男ですね」
マーカーが視線で指した中年男性に、見覚えがあった。アルフォンスは、無言で頷く。場所は、とあるバーの一角。
だが、通常のバーというよりは、男性が女性の姿をしたり、または男性の姿のままなのだが、男性のほうが女性より好きだ、といういわゆる同性愛者たちが集う場所だった。
マーカーは、バーテンダーとして潜入、そして、アルフォンスはカウンターでブランデーに口をつけた。
「兄の店に、常連だった男性ですね」
「会社社長です。裏ではけっこう汚いことしています。新型兵器を作りだし、それを他国へ売りさばいていますね。けっこう羽振りがいいです。出資している会社もいくつか分かってきました。なんせ、男が好きらしく、若い男性とよく来ますからね。そういう話も自慢のように話しています」
「そのわりに、兄にべったりでしたけどね」
「貴方の兄は、男でしょう」
「ああ、そうでした」
くす、と笑ってアルフォンスは、ブランデーに口をつける。
「それで、どうやって接触しますか。ヤツの持っているデータは――」
そこで、ふとマーカーが口を止めて、きゅ、と磨き終わった皿をおいた。
「バーテンダー」
アルフォンスの横に座った男が、マーカーを呼んだ。長身の男で、服越しでも筋肉が浮き出ている。寒いのに、薄い服を着て、それを見せ付けているだけかもしれないが。
「はい」
「店ハケたら、一緒にどうだ?」
にやり、と男が笑った。
マーカーは、くす、と口角をつりあげた。そして、素早くカクテルを作り出し、す、とスノースタイルの飲み物をその男に差し出した。
「これは、オーケーということか」
そこで、アルフォンスが、クス、と笑った。
「カクテルの名前はソルティ・ドッグ。彼は、ソレどおり、頑固ということですよ」
ああ?と男が、アルフォンスを睨んだ。
「彼は忙しいそうです。遠まわしなお断りですよ」
がっと急に立ち上がり、アルフォンスの胸倉を男が掴んだ。
「貴様…!オレを侮辱するというのか!オレは、東方軍で一番といわれている男だ!」
アルフォンスが、すっと目を細めた。
そう言って、自慢し、モテようということか。この筋肉を見たら、信じる人間もいるだろう。だが、あいにく東方司令部には、このオトコはいない。基地に配属されていたら、わからないが。
アルフォンスは、自分の胸倉を掴んでいるその男の手を、ぎりりと握った。
「!」
その力強さに、男はたじろぐ。
「…貴様、まさか、そのバーテンダーのオトコか?」
そういわれて、アルフォンスは思わず目をぱちくりさせた。そして、同様にマーカーもだ。
どうしたものか、と二人は一瞬目配せしたが――すぐに終わらせるには、ここで、男を殴り倒すか、そしてそれを認めて黙らせるか。
自分たちが、目立つわけにはいかない。目標の中年男たちに知られるわけにはいかない。
どうする――
アルフォンスの胸倉を掴んでいた男の手が離れ、アルフォンスは再びカウンターの椅子に腰掛ける格好となったが、
マーカーがくす、と笑ってカウンターに身をのりだした。そして、アルフォンスの頬を指先で撫でる。
「ご指名の前なら、考えてたんですけどね」
マーカーがそういうと、男がさらに睨む。
「貴様ら、本当に客とバーテンダーなのか?さっき、データがなんとか言ってただろう」
二人の目が瞬時に、細められた。
ヤバイ、と同時に警鐘が鳴る。ここで、大声を出されたら、バレてしまうだろう。
「ですから、オレのオトコです」
マーカーの言葉を信じないのか、男はじっと二人を見る。
自分の頬に触れるマーカーの指先を握って、引き寄せ、さらにアルフォンスがマーカーの方を見た。
同時に。
二人の唇が重ねられた――