未来軍部11

□月に誘われて
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「死ぬな!殺すな!一網打尽!」
 そんな短い命令に、部下は一斉に
「アイサー!」
 空気がビリビリと振動する。短い命令に込められた意味を、全員が理解しているように思えた。もちろん、指揮するアルフォンスにもだ。
 アルフォンスは、に、と口角を釣り上げる。
「さて。一瞬でも兄を傷つけた代償は、いただきます」
 小さくつぶやいた。



「よく、やったな」
 中央に呼ばれてそうほめられても、うれしくないエドワードは、「まあ、当然のことをしたまで」と答えた。
 そんな答えに、ロイはふ、と口角を釣り上げる。
「東方は、大変だな。山奥の原始的な宗教すら、暴かねばならぬとは。しかも、南方司令部管轄」
 エドワードは、す、と目を細めた。
「なぜ、オレを試す?もちろん、あんたが試しているわけじゃないことくらい、わかっている」
「いつの時代も、力のある若者は、弾かれる。私が信頼する将軍たちだって、お前を信用するとは限らん」
「十代ならともかく、いつまでも若くはいられないだろ、人間なんだからよ」
「だが、その年で准将だ。異例中の異例だろう」
「どんな事件のヤマを崩しても、一つのミスをほじくられる。オレはさっさと研究所に行きたいだけだ」
「そこだよ」
 ロイの言葉に視線を上げた。
「研究所をおまえに支配されたら、武器や兵器の開発が遅れることを危惧している」
「だけど、民主主義に移行したいという意思があるのに、武器や兵器は必要ないだろう」

「その時、他の国に押しつぶされたら――ということを心配しておるのだよ。実際は、確かに軍事政権はまだ続くだろう。すぐに、変えることはできない。兵力を失うことが、恐ろしいのだよ、古い人間は」
「だから、あんたの大総統立志式も遅れているというのか」
「実権は握っているのに、大総統としてまだ立っていないこの現状にいら立つのもわかるぞ、鋼の。だが、焦るな」
「焦っちゃいねぇよ。ただ、新しい門を開いた時、やっぱりなんも変わってねーじゃん、っていう場所には居たくない。それなりに、オレはあんたに“人質”を与えるのだから」
「わかっている。まだ、“ヤツラ”の査定はつづくだろうから、呼びだしは覚悟しておけ」
「タダ働きはしない主義だぜ。部下にも、休息はやりたい」
「ああ」
 エドワードは、ポケットに片手を突っ込んだまま、ロイの執務室の扉を開いた。
「鋼の」
「ん」
「あまり、出しゃばるな。東方が解決することを望まれているが、おまえが表立って囮などとして出ると、副官の白髪が増えるぞ」
「あんたと一緒にすんな。白髪、目立ってるぜ」
 に、と笑ってエドワードは、執務室の扉を出て、ばたん、と閉めた。
 思わず、手鏡で確認してしまったロイだった。


 エドワードは、流れる汽車からの景色を、ぼうっと見つめた。暗闇にうかぶ、とこどこにある明かりに、人々の生活の気配を感じる。
 一人で、汽車に乗るのは、めったにない。
 ふと、向かい合いの席に気配を感じて、エドワードは顔を上げた。
「アル」
 鎧姿のアルフォンスが、大きな体を小さくして、座っていた。
「なあ、アル。オレのしてることって、これでいいのかな」
『何、弱気になってるの』
「弱気…かな」
『それでも、兄さんには、誰がいるの』
「誰…?オレには、アルフォンスしか――」
『ううん。たくさん、いるよ。もう、それが当たり前になって、慣れてすぎてるんだね』

「…」
『守って守られて、上から疎んじられ、使われて。うまく進まないから、いら立って。自分で飛び出して。そこは、兄さんらしくていいと思うけど、僕の気持ちも考えてね』
 ふふ、と幼い声で頬笑まれた。
「ごめん…」
『でも、この国には、希望がある。兄さんにも、希望がある。だって、みんなが兄さんを信じてるから』
「おまえもな」
 二人は、同時に拳を重ねた。それが合図かのように、す、と鎧姿のアルフォンスは消えてしまう。
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