未来軍部11

□ヘドニズム
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 一体なんなの…!怒りのようないら立ちが充満してきた。が、背後から、ドン、とさらに押されて、前につんのめった瞬間、
「おっと。あぶねーぞ?」
 前に立っていた人にそう言われ、マリィは顔を上げた。
「准将…!?」
「おはよ、マリィさん」
「ど、どうして…」
「ん〜出勤途中?」
 にへら、と笑ったエドワードに、マリィは苦笑した。
「司令部は、こっちじゃないと思いますが」
「そうだっけ」
 にゃはは〜と笑ってごまかしたエドワードだったが、マリィの表情に違和感を覚えた。
「何か、あったのか?」
「い、いえ…その…」
「ん?」
「お恥ずかしい話ですが、痴漢というものにあったようで」
「ええっ!?」
 とっさに、ほわほわした雰囲気から、キっと敵を睨みつけるような目で、周囲を見渡したエドワードに、マリィは目を瞬かせた。
「あの、でもただの痴漢ですし…」
「今、多発してんだよ。しかも、それは殺人にまで発展してる」
「え!?」
 エドワードは、マリィの手を引いて、あわてて構内を出る。一番近くにあった、電話ボックスからどこかへ電話していると、数分後に軍の車両が止まった。
 そこで、マリィは司令部に電話をかけたのだと知る。
「あ、あの…」
「護衛を兼ねて、司令部に来て」
 エドワードの顔つきは真剣だった。
「は、はい…」



「マリィ!」
司令官執務室にノックもなしに、飛び込んできた夫に、マリィは苦笑した。
「大丈夫!?けがは!?痴漢って…!」
 ガネットがマリィの手をぎゅっと握りしめたが、マリィは「大丈夫よ」と笑うので、ガネットはほっと息を吐いた。
「今日は、金曜日だ。なんで、痴漢が出た?」
「でも、准将。これが、一連の殺人とは言い切れないよ」
「ああ、もちろんそうだ。言いづらいだろうけど、状況を話してもらえないかな」
 エドワードとアルフォンスにそう聞かれて、マリィはきり、と顔を引き締めた。
「大丈夫です。お話します。汽車が混んでいて、座れなかったので、私は汽車のドアの付近に立っていました。ドア周辺も非常に混雑していて、立ち乗りの方も多かったです。最初に、私の髪を触られました。ですが、触ってしまう状況なのかもしれない、と思い気にしていなかったのですが、だんだんと指に絡め取るような感じになって、鼻息も感じられたんで、さすがに気持ち悪いな、と思いました。すると、スカートを腿あたりから、たくしあげるようなしぐさをされて、突然、パンティストッキングに穴をあけられ、そこから指を忍ばせられました」
 淡々と言っているが、その時は、不快でならなかっただろうと想像する。
「そこで、その手を掴もうとしたのですが、身動きがとれず、私は、誰が触ったのか振り向いて顔を見ようと試みましたが、まったく見えず、すぐに、駅について、ドアが開かれ、押されるように外へ出されました。そして、すぐに准将にお会いしました」
 ふむ…とエドワードは手を組む。
「今までの殺人は、女性、長い髪、ストッキングに穴があいている、ということなんだ。もしかして、痴漢の後に殺しに入るのかもしれないな」
「では、私は…准将に助けられた、ということですね」
 マリィの言葉に、ガネットのほうが、背筋を凍りつかせた。
「その後に、殺しに入るならな。だけど、曜日も違うんだ。毎週火曜日だったのが、今日は金曜日」
「このことは、公にはなってないよね?新聞各社にも黙ってるよね?」
 アルフォンスが尋ねると、エドワードは「ああ」と短く返事をする。
「だったら、手口をまねた、ということも考えられない。まあ、手口を知っている捜査の内部情報が漏れていたら、わからないけど」
「今回はエイジ隊だけの捜査だ。憲兵も携わっていない。その可能性は薄い」
「だったら、どうして今回は金曜日だったのか――」
 アルフォンスも考え込み始めたので、ガネットが「あの、准将…」と言葉をかけた。
「うん?」
「マリィを、休ませてやりたいんですが…」
「自宅のほうがいいだろ。ガネット、おまえ、護衛を兼ねて水曜日まで休暇を取らせる。家で絶対に守れ」
「はい!ありがとうございます!」
 ガネットが深々と頭を下げた。
「協力ありがとな。マリィさん、今日のこと、忘れて」
 エドワードの言葉に、マリィは「ありがとうございます」と頭を下げた。
 司令官執務室から隣の大部屋へ移動すると、「ママ」とノエルの声がする。ソニックとベレッタが、ノエルとイヴを見ていたようだ。

「ったく、腹立たしいな」
「マリィさんが殺されかけたのかも、と思うと、兄さんが今朝サボったことは、不問にしないとね」
「まったくだぜ。オレがいてよかった…あの、幸せな家庭が壊れたかと思うと、寒気すら覚える」
「でも…殺された女性の中には、既婚者もいたよ」
 エドワードの眉間に深い皺が刻まれた。
「ゆるせねぇ。書類は後回しだ。書類なんか待たせたっていいが、これ以上被害者が出るのは、許せん」
「…まあ、兄さんがウエから叱られるだけだしね」
「演習許可や予算関係はマーカーの判断にゆだねる。オレは捜査に出る」
 そう言って立ちあがって部屋を出たが、隣の大部屋でマーカーがくしゃみをしたのを、アルフォンスはドア越しに聞いた。

 

 エイジ隊待機室に行くと、全員が頭を突きつけ合って、捜査の会議をしていた。
「容疑者は、三名――」
 そこへ入室してきたので、全員が立ち上がったが、エドワードはそれを手で押さえて、「つづけろ」と静かに席についた。
「は。容疑者は、イアン・アクロイド、銀行員。チェスター・ビートン新聞配達員。ヒューゴ・ボーデン散髪店店主の三名です。三人とも、一人で汽車に乗っていたことがわかりました」
 士官の調査報告に、エドワードが、
「なあ、今日のアリバイはどうだ?さっきのことだから、まだあがってないのか?」
「それが、イアン・アクロイドは、先ほど取り調べが終了したばかりなので、容疑者から自然に外れることになります」
 エイジがそういうと、
「髪に執着もあるようだけど、そうすると、散髪店店主が怪しいのか」
 エネルの言葉に、
「だが、散髪店なんて、髪は手に入りやすいだろ?」
 エドワードが答える。
「ビートンとボーデンの今日のアリバイを調べろ」
 今、帰還した二人の下士官がエイジとエドワードの近くに走りこみ、
「報告します。ビートンとボーデン、二人とも今日、先ほどの時間に汽車に乗っていることが判明しました」
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