ムサまも5題

□ブラックコーヒー
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「テメーももし生きてたら、ブラックコーヒーくらい飲めるようになってたか?」
栗田の寺の瀬那の写真の前に座ったヒル魔が、コーヒーを飲みながら話しかけている。
そんなヒル魔の様子に、まもりはムサシと栗田と顔を見合わせてため息をつく。
寺の広い本堂に置かれた大きな座卓を囲んでいるのは、今は4人だけだ。

先程までは後輩たちや他校の好敵手たちも来ていて、酒などを飲みながら思い出話に花を咲かせていた。
だがヒル魔だけはその輪には加わらず、ただコーヒーを飲みながらずっと瀬那の写真の前に座っていた。
そんなヒル魔を心配して、ムサシとまもりが帰らないでいるのも毎年のことだ。

事故に遭う直前、瀬那はヒル魔の部屋にいた。
2人は恋人同士で、何度も肌を合わせて身体を重ねた関係だった。
その日もヒル魔の部屋に泊まって、恋人の夜を過ごすはずだったのだ。
だが2人は些細なことで口喧嘩をして、瀬那はヒル魔の部屋を飛び出した。
そして信号も速度制限も無視した無謀運転の車にはね飛ばされた。

10年立っても、ヒル魔は立ち直っていない。
ヒル魔は瀬那の葬儀の後、学校も退学してフィールドに立つこともやめてしまった。
パソコンを駆使して収入は得ているようで、暮らし向きは普通だ。
だが仲間の絆から背を向けて、ほとんど引きこもるように暮らしている。
まもりもムサシも栗田も、そのことをずっと心配している。

ヒル魔は瀬那が死んだのは自分のせいだと思っている。
そして今も自分を責め続けている。
まもりは10年間、そんなヒル魔をずっと見守ってきた。
瀬那のことは今でも大事に思っている。
だが死んだ人間よりも、今生きているヒル魔の方が気がかりなのだ。
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