筧水5題

□プールにいこう
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「セナ、大丈夫か?」
水町が立ち上がって、タオルをセナに渡してくれながら、言う。
セナはまだバクバクと不穏な鼓動がする胸を押さえながら、呼吸を整える。
そして小さく「ありがと」と答えると、タオルを受け取って寝汗を拭いた。

「ごめんね、起こしちゃった?」
「いいよ。どうせ起きなきゃいけない時間だった。」
セナが謝ると、水町が笑顔で応じる。
ここ最近、時々こういうことがあるのに、水町は嫌な顔1つしない。
いくら感謝しても足りないとセナは思う。

セナは最近、眠っているときに悪い夢を見るようになった。
細かいシチュエーションは異なっているが、毎回ヒル魔が登場する。
おそらく原型となっているのは、高校1年の関東大会の決勝。
白秋ダイナソーズとの試合だ。
右腕を骨折して担架で運ばれていくヒル魔を、セナは切ない思いで見送った。

あの時と同じように運ばれるヒル魔を見送る夢を見るときもある。
蹲って苦しむヒル魔に手を伸ばしても届かないという夢もある。
悲しそうにセナに別れを告げて、いなくなってしまうこともある。
今回は誰だかわからない女性と腕を組んで、立ち去って行ってしまった。
とにかく共通しているのは、ヒル魔がセナを置き去りにしていなくなってしまう夢だ。
そのたびにセナはうなされて、冷たい汗をかいて目を覚ます。
どうやら大きな声を出しているようで、水町はいつもさりげなくタオルを渡してくれる。
何もないように振舞ってくれるので、他の部員や学生たちはこのことを知らない。
セナが頼んだわけではないが、あまり知られたくない気持ちを察して秘密を守ってくれている。
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