理性と本能8題

□解き放たれた本能
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今日の姉崎邸は朝から慌しい。
令嬢まもりの婚約者、蛭魔妖一が来訪することになっているからだった。
念入りに掃除がなされ、食事や酒、菓子や茶の用意もされている。
そちこちに飾られている花も、普段より豪奢なものになっていた。

そんな喧騒には関係なく、瀬那は身支度を整えていた。
今日はまた「仕事」だ。
朝早い時間に出かけて、戻るのは多分深夜になる。
蛭魔と顔を合わせることもないだろう。

蛭魔様。
瀬那はこっそりと心の中で、その名前を呼んでみた。
綺麗な人だった。
その輝きに誰もが目を奪われる、太陽のように眩しい人。
薄汚れて、ひっそりと闇の中で朽ちていくような自分とは大違いだ。

そう思って瀬那は諦めたように目を閉じて、ため息をついた。
この「仕事」をするようになって、ため息が増えたと思う。
でも誰にも言えない「仕事」なのだ。
せめて人知れずため息とともに、逃がさなければ。
このやるせない思いも、蛭魔への気持ちも。

そしてまた1つ、ため息をついて。
瀬那は誰に見送られることもなく姉崎家を出て、指定された場所へと向かう。
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