作品置き場

□叶う事のない夢を
1ページ/1ページ




甘く、淡く、儚いそれを私は夢と呼んだ。


「叶う事のない夢を」




目が、覚めた。
(寒い…な)
窓の外を見れば、雪が、積もっている。そこはまるで銀世界という表現がぴったりで。その現実味の無いその表現が私を一気に夢の世界から引きはがす。
−−夢を、見ていた。
まだあたし達は幼くて、憧れなんてほど遠い。
そんな、ふたり。
無邪気に笑い合っては、泣いて、そんな。「日常」を切り取ったはずのその夢が、ひどく非日常で笑ってしまう。

寝台から降りて、外に出た。一歩一歩踏み締めるようにして歩く。
(ああ、私、生きてるんだ)
この足を通じて伝わる、冷たさ。
手に取れば、ゆっくりと溶け出す。そしてただの水と化した。
どれほどそうして、この雪の中で立ち尽くしていただろう。

「桃っ…」
その声のする方を振り返って、みる。私のことを桃なんて風に呼ぶのは、
「日番谷くん…?」
吐く息が、白い。
「どうして、此処に?」
「馬鹿野郎。それはこっちの台詞だ。病み上がりのくせに」
ああ、私があの部屋から抜け出したから。
(探してくれたんだ、)
「心配かけさせんなよ」
「…そう、だね。ごめんね、ありがとう。」
馬鹿、と頭を小突かれた。
こんな風にふたりでいると、思い出すのはあの頃のこと。

「…ねえ、懐かしいね。」
戻りたい。
「あの頃は、こうやってよく、ふたりで話したのにね、」
何もかも、知らないままの
「どうして人は変わっちゃうんだろう、」
昔の自分に。

「強くて、みんなを守れる死神になりたかった、少しでも藍染隊長に近付きたくて、それだけで。」
黙って聞いてくれているシロちゃんの顔が見れない。ああ、きっと雪のせいだ。滲んでる。
「でも今は、何もわからないの…」

信じていたものも、目指していたものさえ、失って。
信じていてくれた人さえ突き放して。
残ったのは、変わってしまった自分だけ…

「どうしてかな、死神になったのに」
雪を無意識のうちに握り締めていた。強く、強く。
「結局私は何一つ守れない…」

「…そんなの、おまえだけじゃねえよ。」
顔を上げる、やっぱりシロちゃんの顔は滲んでいた。みんな一緒だ、という声が降ってきた。
「変わる事は悪じゃない。変われる強さだって必要だ。」
「だからと言って、本質はそうたいして変わりはしねえ」
たとえば、と言って私の髪を掻き上げる。
「やたら強がってるくせにすげえ泣き虫なとことかさ、」
頬に感じるシロちゃんの体温。暖かな、声。

「全部昔のまんまだよ。」


逃げてしまいたいと思った。眠りについたまま、幸せな夢の中で笑っていられれば良い、と。
でも、この人は、
一度は刀を向けた私を、今も信じて、
ずっと、傍にいてくれた。
なんて
「ごめんね、」
愚かだったんだろう。
「シロちゃん」



雪は降り止み、暖かな陽射しが私達を包んでいた。
「よし、そろそろ戻るか。」
「うん。ごめんね、寒いのに」

「…っ、おま
なんで裸足なんだよっ!!?」
「え?あ、そのまま出てきちゃったから…」
今気付いた。馬鹿だな私。
「出てくんな!!早く言えよばかっ」
「ごめっ…」

シロちゃんはため息をついてこう言った。
「ったく、ほら背負ってやるから」
「えっ!?いっいいよっ!歩けるって…」
「馬鹿言え、歩かせれるかよそんな足で」
「うぅ…」
「ごっ、ごめんね…?」
…結局背負ってもらうことになる。ああ、もう、心臓うるさいってば!
「ごめん、はもういい。聞き飽きた。」

「…ありがと」




あたしが想い、そして描いた夢は、決して叶わぬ夢。
何も知らなかったあの頃に、戻ってしまいたい。もし、次そう言ったら、私を叱ってやって。ねえ、シロちゃん。


(私の頬を濡らしたのは凍えそうな雪じゃなくて、暖かな涙だった)




叶うことの無い夢を
(願う私は愚かね)
(変われるから私は私であり続けていけるのに)






end

 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ