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□ Gimmick Game
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─── どうしてだろう アナタの指が。
─── ワタシだけにはキタナく見えてるの。
「おっ!アメトーク? 今日は何やっとん?」
お風呂から上がってきた達哉が。
アタマからかぶったタオルに片手をかけ。
テレビ画面を覗き込む。
「うぉっ!“運動神経悪い芸人”やん! でたっ!ヒザ神!! まさに神っ!!」
はね上がった達哉のテンションとは裏腹に。
それを冷ややかに見つめる私の眼差しに。
彼は気づいてはいない。
いつもは、お腹がよじれるくらい笑い転げるキラーコンテンツも。
今日は、なんだか心から笑えない。
それもこれも、アナタのせいだっていうのに。
「うぇっ〜! なんでそうなるねんっ!! アツアツトス!?? ぎゃはははっ!」
大笑いしながら、キッチンの冷蔵庫を開き。
炭酸水で満たしたグラスを片手に、リビングに戻ってきた達哉は。
いつものように、何食わぬ顔で、ソファーの私の隣に座った。
「ふぅ〜。今日も、練習キツかったわ〜。」
達哉の右手が、さりげなく私の肩にまわされ。
ゆるやかに、私の腕をなぞって上下する。
ぞわっとした悪寒に、びくっと身を縮めた。
─── だからお願い。
─── そのキタナい指で、私のカラダそんなになでないで。
つくり笑顔の裏で、大きな鎌を研ぐ。
「そうなの? 清水くんは、オフだったみたいだけど? 美容院に行ったってつぶやいてし。」
カラダをなでる手が、それに反応して、ぴたりと止まった。
「はぁ? オマエ、清水のtwitterとか、フォローすんなや〜。」
余裕のあるフリで、笑っているけど。
達哉のアタマの中は、フル回転に違いない。
「今日は昼から自主練やってん。アイツ、つきあわへんと思ったら、美容院行っとったんかよ〜。」
アタマのいいアナタは。
そうやって、顔色ひとつ変えず、さらりとウソをつく。
バカな私には、気づかれるハズないとでも思ってるんでしょ?
そんな余裕が癪にさわるの。
ビミョーな空気を、無理やりはぐらかすつもりなのか。
達哉の手が、さらに私の胸へと、すり寄るように伸ばされる。
「……っ」
反射的に身をよじると。
「ちょっ…、なんやねん?」
ワケがわからないというカオで、小さく眉をひそめる達哉。
─── そりゃそうでしょ。
─── だって…
お互いの瞳の奥底に、隠された本心を探り合い、間合いをはかる。
私の瞬きのタイミングを見計らったように。
達哉は、瞬時に私の肩を引き寄せ。
同時に、唇を寄せる。
「……やっ」
首の後ろにまわされた、ガッチリと逃げ道をふさぐ達哉の手のひら。
逃れきれず、逸らした唇の端に、達哉の体温と湿度が触れる。
またも、ぞわりとした嫌悪感が体を抜けた。
「なぁ…。どないしてんって?」
達哉は、いよいようっすらと不機嫌さをにじませる。
─── その言葉、あなたにあげるわ。
そして、強引に私を反転させて、ソファーに押し倒し、組みひしぐ。
─── また違う世界で、自分だけ満足して。
─── それでなんで知らぬ顔で、私を愛せるの?
それほど太いわけではないけれど、筋肉質のしなやかな腕が。
私の身体を縛りつけるかのごとく絡みつき。
身動きできない私を、したり顔で見下ろす達哉。
冷めた気持ちは、怒りすらおぼえているのに……
血管が浮き立つその腕も。
私を見下ろすクールな顔も。
ぞくっとするほど官能的で ───
「“誰か”の後に抱かれるなんて、ムリなんだけど。」
「…はぁ? なんやねんそれ。」
絡んだ腕が、一瞬キツく締まり、そしてゆっくりとほどかれる。
そのまま私の頭の両脇に肘をつくと。
達哉は、さっきより高い位置から、まっすぐに私を見下ろした。
「練習…、なかったんでしょ? ウソつき。」
「せやから…」
大げさにも思えるあきれ顔から、大きなため息をふらせ。
「なんやねん… 練習やって嘘ついて、オレが浮気しとったって言いたいんか?」
真顔でそう言った表情が、おそろしいくらい冷淡で、それでいて美しくて。
私の視線を吸いよせ、そらす事すらできない。
…── と。
今度は、それが、一瞬にしてやわらかく緩む。
「そんなわけないやろ。アホか。」
その落差に堕ちてゆく…
嘘だとわかっているのに、それさえ『嘘かも』と思わせる魔性の笑顔。
ひるんだ私を、見透かすように。
達哉の腕が、また私の身体をからめとる。
どれだけあがいても、もう抜け出せない。
徐々に荒く…、アツくなる吐息。
どこか苦しげに眉を寄せた達哉が、耳元でささやく。
「…愛してる。」
─── アナタは今日もまた"愛してる"が腐ってる。
─── だって…
「俺には…、オマエだけや。」
私の反論を遮るかのごとく、唇を塞ぎ…
そして、煽るように私のうなじを辿ってゆく手のひらと唇。
目の前をうごめく、艶やかな達哉の首筋に浮かぶ…
“誰か”のしるし ───…
─── アナタの首筋、ホラ、嘘が見えた。
じんわりと汗をにじませ、ゆるやかにしなる首元に。
荒い吐息に合わせて、喉仏が上下する。
昇りつめる達哉のアツさに対し、それを見上げる私の瞳は。
どこまでも冷めたい。
─── 私はもう、アナタじゃカンジないわ。
自分の欲望だけを吐きだして。
達哉の指が、私の髪を満足げになでる。
強引に抱きさえすれば、うまくごまかし切れる。
…なんて、浅はかな考えが、透けて見えて。
勝ち誇った笑みが、どうしようもなく鼻についた。
イラ立った様子で、背を向ければ。
背後から、達哉の甘えた声。
「なぁ〜。もう、機嫌なおせや。」
ソファーから身体を起こし、達哉を見下ろす。
「本当に、私が気づいてないとでも、思ってるの?」
途端に、達哉のカオが強張り、不機嫌さがあらわになる。
「そっちこそ、そんなにオレのことが、信じられへんのか?」
「……。」
「じゃあ、聞いたらええやろ。アキトさんでも、コウさんでも。 清水やったって、オレが居残りしたこと知っとるわ。」
オトコってバカね。
いつまでも“友情”なんてもの、信じてるなんて。
「もう…、ムリ…」
─── 真面目な顔をして、その気はあるのに。
─── なんでしてくれないの? 悲しい顔。
うつむいた私の頬を伝った雫が。
イミテーションの安っぽい光沢を放って。
達哉の胸筋へと落ちる。
─── お望みならば、涙くらいならば…
─── ナガシテモイイヨ。
─── なんかそれっぽいでしょ?
「お…、おい。 泣くなよ…」
─── アナタもそうなの?
達哉があせったように、身体を起こし。
ギュッと私を抱きしめて、やさしく頭をなでる。
「ほら…。 もう、この話は終わりにしよ、なっ…?とりあえず、今日は帰るから…」
─── 終わりには優しいフリばかり。
私に背を向けて。
シャツを着る達哉の背中…
出ていくのもいいけど。
ねぇ、もっていってよ。
なにもかもすべて全部。
─── 思い出もゼンブ。
─── あなたがいらないのは、私もいらないの。
─── だって…。
「じゃぁ…な。」
達哉が、ニセモノの笑顔を作って。
玄関の扉が、静かに閉まった。
ベランダに出れば、冷たい空気が頬を刺す。
次第に遠ざってゆく、達哉の車のテールライト。
壊れた時間に戻れるなら…
今なら全てわかるのカナ?
そのコトバ・シグサ・アイ。
終わりの予感を映して。
ぼんやりと涙でにじむ街の色。
なぜだかキレイに見えるのは。
私が汚れているから…、なの?
…── と。
鳴り響く突然の呼び出し音に、我にかえる。
…達…哉?
あわてて部屋に戻り、ケータイを手にする。
!! ……。
『…もしもし?』
「清…水…くん?」
『うん…。 ねぇ、…泣いてんの?』
「え…、あ…」
とっさに指で、涙をふく。
『福澤と…、何かあった?』
「うん…、ちょっと…ね。」
『ケンカ…でもした?』
「うん…、いつものことだから…」
ケータイで話をしながら、洗面台の前に立つ。
『…福澤は?』
「さっき…、帰った。」
そっと首筋を拭えば。
落ちたコンシーラーから現れる
“誰か”のしるし ───…
『ねぇ…、今から、そっち行っていい?』
「…うん。」
─── 私の首筋にも嘘はあるの。
−Fin−