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Still...
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すでに誰もいなくなった体育館のフロア。



数時間前には、熱気と喧騒に包まれていたその場所を。



今は、嘘のように静寂が支配する。











会場の片隅に佇んで…。



永遠に時間を止めたかにも思えるそのコートの景色を、ぼんやりと眺め…



いや ――…



眺めるという能動的なものではなく、ただ瞳に映しているといった方がきっと正しい。




オレは…



時間の感覚もおぼろげに、いったいどれくらい、こうしていたのか。














日の丸を背負い、日本中の大声援を受けて、世界と闘ってきたアイツの最後を飾るのが。



こんなに静かな場所であるなんて。







ごめん…な。









年齢のせいか、最近とみにゆるくなったと自覚する涙腺。



それでも。



コートの中では、感情を押し殺すすべをおぼえている。






なのに ――…



今、じわりとその熱を感じ。








くっそ。 なんで今頃 ――…







オレの意思に反し、わきあがるそれを抑えようと、天井を仰ぐ。









―――― こんなことなら、いっそ一緒に泣いてやればよかったのに…












試合終了のホイッスルとともに、あふれ出たアイツの涙を目の当りにしても。



不思議と悲しいとか、寂しいとかいう感情はわいてこなかった。



アイツにかける言葉も、それと同時にぽっかりと喪失し ―――…








何度もタオルで涙をぬぐいながらも。



勝者の歓喜と胴上げを、いつもと変わらぬ強気でまっすぐな視線で見つめているアイツと。



そこからなんとなく目をそらし、うつむいたオレの視線は交わることなく…







後輩たちが、アイツにかけてゆくねぎらいの言葉を。



オレは…



丸めた背中で、ただ…聞いていた。





















見上げた天井には、アーチ型の曲線を描く梁に、等間隔に並んだライト。



冷たく無機質…



それでいて、降りそそぐ光は、やわらかく暖かく ――――…



プロジェクターの如く、いまだ鮮やかなる記憶を、コートへと投影した。










イエローとブルーに彩られたボールが、ゆるやかに渦巻いて混ざり合い、しなやかな放物線を描く。



その1本に願いを込めた渾身のラストトスは…



黄色い壁に阻まれ、無情にもオレの目の前で、コートに弾んだ。











あの時、あと一歩が出ていれば…



あのサーブを、ボール1個分深く打てていたなら…



あのスパイクを、あのコースに決められていれば…



あと数センチ、ブロックの腕を伸ばせていたなら…



あのサーブを上げられていたら…



あのブロックフォローに、あと1秒早く反応できたなら…








結果は、変わっていたんだろうか ――――?








わき上がる、とめどない後悔は。



いつしか無自覚のままに、感情の防波堤を越え。



オレは、あふれた涙を、頬にじんわり伝わる温度で認識した。














わかっていたハズだ。



いつかこんな日がくること。



そして、今日がその日であること。







それでも…



ファンのみんなの前で、笑って送り出せたなら。



少しは、この寂しさと喪失感をまぎらわせるんじゃないかと期待もしていた。





それなのに ――…




















「し〜んちゃん!」






肩に置かれた手に、ハッとしたときには、すでに遅かった。



聞きなれた声が、ふざけた口調でオレの名前を呼んで。



後ろからまわり込むように、アイツが俺の顔を覗き込む。











「……っ」






!!



「……慎…二?」



ニヤリと笑っていた表情が、途端にわかりやすく面喰って目を見開く。










「おまえ…。…泣い…てんの?」








「……泣いてへんし。」




我ながら、コドモじみた言い訳だと思う。



それでも。



『やめんなよ…』なんて泣きつくには、オレは歳をとりすぎた。










「…そう…です、か。」



大輔は、オレの強がりを、あきれたように笑う。



「…ったく。さっきまで、すました顔してたじゃねぇかよ。」



「悪かったよ…。」






「は?なんでだよ。 オレは…、おまえだけは、泣かないと思ってたよ。勝っても…、…負けても。」



さすが。と、言うべきか…。



オレの胸の内、すべてを察した言葉だった。








「それが、こんなトコで泣いてるとは…な。」








しょうがねぇなぁ…。なんてカオで、見上げる大輔に。



オレはむくれて、唇をとがらせる。






「ちょっと…、油断したんだよ。」






「はいはい。 そうですか〜。」



大輔は、またあきれたように笑った。




















「ごめん…な。」













ボソリ…、と。



コートに視線を残したまま、こぼした言葉。



隣の大輔は、驚いたようにオレを見上げる。



だけど、またすぐオレの気持ちを見透かしたように、小さくフッと笑った。









「べつに…、負けたんはオマエのせい…ちゃうやろ。」








少々茶化したような関西弁の答え。



それに苦笑いしながら。



いつしか不自然さが消えたコイツの関西弁に、一緒に重ねた時間を思い知らされ。



それもまた、東北弁に戻っていくんだろうな、なんてことをぼんやりと考えていた。













「ありがと…な。 慎…二。」
















「そういうの、やめてくれへん?」





またも目頭がじわっと熱を帯び。



それをごまかすように、冗談めかして言う。






…が。



「どっちがだよ。」



そう言って唇の端を上げた大輔の瞳も、明らかに赤く潤んでいて。










「大輔も…、ありがとな。」



「ぉ…ん。」





オレたちは、お互いの泣き顔を見ないふりで、照れ笑いした。















――― !!





背後に人の気配を察知した瞬間。



ガシッと隣り合ったオレと大輔2人の肩を抱いて。



ふたりの間から、その顔をのぞかせたのは。





まずい…





―――― 隆弘。








「なんや、まだオマエらだけ? ったく、アイツら先輩待たして、ホンマえぇ身分…」






「はぁ? おまえら…、泣いとんの…?」








「「泣いてへんしっ!!」」







同時にくわっと目を見開いた、オレたちの勢いに。



「はぁ…。そう…です…か。」



隆弘は、気圧されたようにつぶやき。



あきれたカオで、頭をかいた。




















「それにしても、静かやなぁ…。」


















隆弘がつぶやくように言って。





「「あぁ…。」」





なんとなく3人とも同じように腕を組み、並んでコートを見つめる。














「大輔には悪いけど、俺の時は、やっぱりにぎやかなのがえぇなぁ…」












「そりゃそうだ。」



ケラケラと笑う大輔。







「…ってことで。 しんちゃ〜ん、よろしくね〜。」



猫なで声で、オレの肩をひじでつつく隆弘。



「あ…、アホ。そのデカい図体で甘えんなっ!! オレじゃなくて、オマエががんばれよ!」





「大輔〜、しんちゃん冷た〜い。」





…ってか、その“しんちゃん”呼びやめろって!











オマエからも何とか言ってやれ、…と、視線を送った大輔も。



「実際パナは、おまえでもってるようなもんやしなぁ〜。」



なんて、すっかり鋭さの抜けた眼差しで、やんわり笑ってたりする。

















「…はぁ!? そんなん、知らんゎ…」









正直に白状するならば。



コイツらさえいれば、いつでも“てっぺん”へ連れて行ってもらえる…なんて頼り切ってた時期もあって。





もう…、そんな風に甘えることもできないんだな。





なんて感傷的に思ったり。







一方で、アイツらの言葉を真に受けたとして。



オレがもし、今は、コイツらが頼りにするに足る存在になったのだとしたら。




少しは追いつけたのかな…。




なんてちょっとホッとしたり。






寂しさ半分、嬉しさ半分。



さらには、照れくささがが入り混じり ―――――…







押し寄せる様々な感情に、どんなカオをしていいかわからず。



なんとなくぶっきらぼうに言った。






























カシャ―ッ











突然、派手に響いたシャッター音。



振り向けば、主賓とキャプテンを含む大先輩を、平気で待たせるデキの悪い後輩たち。








「34歳トリオも、今日で見納めやしなぁ〜。」







感慨深げにスマホを見つめているのは、もちろん亜貴斗。



少しは寂しがってるのかと思ったら。



写真を見て、ニヤニヤしてやがる。



どうやらまた、Twitterかブログのネタにされるらしい。








「オマエら、遅いねん!」








「ごめん、シン坊! ほら、みんな行くでぇ〜!」



「うぃ〜っす。」



謝っているわりには、全く悪びれる様子もなく亜貴斗が言って。



みんなはコートへと駆け出してゆく。






―― ってか、オレの呼び方、自由すぎやろっ!








そして、俺たち3人が元の場所に残された。








コートでスタンバイするやいなや。



俺たちを全力で“早く来い”と手招きしている後輩たちに苦笑い。









『じゃあ、行きますか』



なんとなくお互い目くばせをして、オレが先に1歩踏み出した。







―― と。







……!?



ふいにオレの両肩に、大輔と隆弘の手が置かれた。



じんわりと伝わる手の重さと、ふたりの体温とともに…






「「あいつらのこと、よろしくな。」」







ふたりの声が、両側から響いた。













これまで、何人ものチームメイトを見送って。



そのたびごとに託されてきた想い。



それは、キャリアとともに積み重なって。



少しづつその責任の重さを痛感した。











そして ―――…



今日のそれは、今までのどれよりも特別で。



どれよりも重くて。



だけど。



それでもなぜか、悪い気はしなかった。









「はぁ〜!? もうそろそろ楽さしてくれよ…。」









これまで、託された想いをコイツらと分かち合ってきたように。



きっと、この重い荷物も。



デキの悪い後輩たちが、分かち合ってくれるだろう。







そしていつかは ―――…



このオレの想いを、託す日がくるんだろう。












高々と宙に舞う大輔の瞳に、もう涙はない。



きっとその瞳には、すでに新しい未来が映っている。












オレは。



もう少しあがいてみるよ。



――― オマエたち2人の想いを背負って。












−Fin−





Happy Birthday 知佳ちゃん
2013.5.4


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