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初雪
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「さむっ。」



会社のエントランスで思わずそうつぶやいた。



見ると、粉雪が舞っている。



『初雪?』とふと思ったけど、空を見上げる余裕もなく。






カツカツ



ヒールを鳴らして私は駆け出す。



確かあのカフェは10時までだったはず。



残業が終わった時には、すでに10時半をまわっていた。



待ち合わせは9時。



遅れるとメールをしたけど、こんな時間まで優が待っているとは思えない。






それでも。



走らずにはいられなかった。



遠征続きだった優と、3ヶ月ぶりにあえるはずだった。



たとえ、数時間だとしても…。



会いたかった。



優は、また明日から全日本の合宿にでかける。



今日を逃せば今度はいつ会えるかわからない。






なんで、今日に限って…。



私は唇をかむ。



後輩の桜井くんのミスを私が一緒にフォローする義理はなかったのだけれど。



ほおっておけなかったのは、彼が優とだぶったからかもしれない。



いつからこんなにアネゴキャラ?



私は心のなかで自嘲する。



たぶん…、優のせいだ。





息が切れてきた。



最近の運動不足を思い知る。



優におばさんだと笑われるかな…。



そういえば、化粧も直していない。



『少しでもキレイでいたい』って、年上の彼女のプライドも、もちろんあるけれど。



会えなければ意味が無い。






やっとカフェに着いた時には、ヒールの爪先は痛みを超えて、感覚がなくなっていた。



カフェはやはりとっくに閉店していて。



まわりには人影もまばらだ。



いくら見渡しても優の姿は見えず。



私は植え込みの端に力なく座り込む。



ケータイを確認しても、着信もメールもなくて。



サイアク……。



涙があふれた。










「ヒドイ顔〜。」



頭の上のほうから聞き慣れた声がして。



見上げる私の瞳に、にじんだ優が映った。



「なんで…。」



「なんでって。なんで?」



「怒って…帰っちゃっ…たって…思って…。だって…メールも…」



「あぁ、残業焦らせちゃ悪いと思ってメールしなかったんだけど…。オレはいつまででも待ってるつもりだったし。」



「でも…。」



「今日も誰かのために残業? まっ、オレはそういうトコ好きになったんだから、しょうがないよ。」



優はなんでもないことのように、さらっと言う。





降り続く雪は激しさを増して。



「ごめん…。風邪ひいちゃう…。」



私はあわてて立ち上がる。



!!




優が私の肩を引き寄せ、一瞬で、たくましい腕の中に包まれる。



「あやまらなくていいよ。化粧も直さないで、そのヒールで走ってきてくれただけで十分だよ。」





優の体温を感じて、私はやっと自分の想いを口にした。



「会いたかった。」



「オレも。 …会いたかった。」






舞散る初雪に抱かれて。



唇と唇が重なった。







−Fin−





2009.1.10


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