Previous Applause

Homework
1ページ/1ページ






「う〜ん。」



雑誌をめくり、スナップ写真をながめ、ラインストーンのケースをひとつづつ覗き見る。



「はぁ〜。」



そしてまた、ため息をひとつ。



小一時間この繰り返し。



オレの存在忘れてませんか?





── 今、オレ、『ラインストーン』とかさらっと言っちゃったよ。



彼氏歴5年。



ジェル、スカルプ、フレンチ、ホログラム等々…



オレの知識がその証。





── そう、オレの彼女はネイリスト。







「孝介、爪、手入れしようか?」





あっ、思い出した?



オレの存在。





「それ、もういいの?難しそうな宿題みたいだけど。」



冗談めかして言ってみる。



「あぁ…。…煮詰まった。」



と、苦笑いで前髪をなおす。



彼女のいつものクセ。





「だからちょっと、気分転換。」



と、爪やすりを ──いや、ネイルファイルを手に取る。



オレの手をとろうとした拍子に、眺めていた写真が舞い落ちた。





── 純白のウエディングドレス。





オレは、瞬時にぎょっとして。



「なっ…なにそれ?」





その動揺を、まるで隠し切れていない自信があったのに、彼女は気にするそぶりもない。



どうやらまだ考え事でアタマがいっぱいらしい。



「あぁ、紗菜ちゃんの結婚式のドレス。」



「あっ…、そ、そっ…か。」



ホッとする、オレ。





ほかにも、カラードレス、2つ並んだ結婚指輪…のスナップ。



芸能人よろしく婚約指輪を顔の横に掲げて笑う紗菜ちゃん…なんてのもある。



写真の表情から察するに、彼女が悪ふざけで撮ったんだろう。







「そういえば、来週だっけ?結婚式。」



「そうなの。ネイル頼まれてるんだけど…。」



紗菜ちゃんは、彼女の親友で。



5年もの遠距離大恋愛を実らせ、とうとうゴールインすることになった。と、先日うれしそうに話していた。







「けど、煮詰まってんだ?」



彼女は慣れた手つきで、ネイルファイルを扱いながら。



ときどき、オレの指を瞳の高さまで持ち上げてはじっと細部を確認する。



「そう〜。カラードレスのデザインはなんとか形になったんだけど、こっちはどうも…ね。」



「初めてってわけじゃないだろ?」



「そぉだけど。やっぱ、結婚式はキホン人生一度の大切なイベントでしょ?だから…毎回悩むんだけど。」





「またさらに今回は、トクベツ…だもんなぁ。」



「そうだよ〜。親友の結婚式だもん。これ以上に難しいオーダーはきっとないよ。」







オレたちもつきあって5年。



遠征ばっかのオレ相手じゃ、遠距離みたいなもんで。



オレたちもそのカップルに匹敵するぐらいなんじゃない?



…と、思うとなんか感慨深い。







「あっ、孝介、ココ割れてる。」



彼女がオレの指先に顔を寄せる。



長いまつ毛が指先に触れそうだ。



「補強しとく?」



「うん…、引っ掛けるとヤバいし。」





「爪の厚さが変わると、微妙に感覚が変わって、トスに影響しない?」



「そこまでの精度でトスあげてないよ〜。」



「それ、ファンの人たちが聞いたらガッカリするよ。そこは、『ミリ単位でトス上げてますから』とか言ってよ〜。」



彼女はビミョーなオレのモノマネをまじえながらそう言って、コロコロと笑った。








いまさらだけど…。



オレの商売道具ともいえるこの指先を、なんのためらいもなく無防備に差し出しているということは、実はすごいことではないのだろうか。



勝負の世界に身を置いてきたオレは。



それ以外では、いつも彼女にこうして無防備によりかかってきた気がする。



…とすると、オレはいつも彼女に支えられて来たんだな。





そしてたぶんこれからも…。







「で、紗菜ちゃんのネイルはいつまでの宿題?」



「う〜ん。今週中…かな。来週にはチップ作り始めないと間に合わない。」



「そっか〜。」







そういいながら、オレは…。



── 覚悟を決めた。









「それ終わったらさ、それより難しい宿題やってみる気ない?」



空いている右手を、ソファーの横の自分のバッグに伸ばす。



「なによ、それ〜?」



彼女は『何言ってんの?』というように、可笑しそうに笑った。



前を向いたまま、目的のモノを探り当て。





「たぶん、人生で最高に難しいネイルのオーダー。」



彼女は、今度は無言で首をかしげる。







握りしめた、四角い小さな箱。



濃紺のパッケージにゴールドで刻まれたアルファベット二文字は、彼女が憧れるブランドの象徴。



それをテーブルに載せ、彼女に向けて、ゆっくりとさしだす。







彼女が、ハッと息をのんだ。







「これに…、ぴったりのネイルを。」





「孝介…?」



彼女は、ネイルファイルとオレの手を持った両手を、力が抜けたように、テーブルに置いて。



そして、ぼう然とオレを見つめる。





「それから…。春には、オレとおそろいの指輪と、純白のドレスに似合う…」





その瞬間、彼女の瞳から涙の粒がこぼれ落ちた。





「最高のネイルを…オーダーしたいんだけど。」







そして、反対にオレが彼女の左手をとって。



薬指に、指輪を ──。








「オレと…結婚してください。」







−Fin−





2009.3.7


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ