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□ Homework
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「う〜ん。」
雑誌をめくり、スナップ写真をながめ、ラインストーンのケースをひとつづつ覗き見る。
「はぁ〜。」
そしてまた、ため息をひとつ。
小一時間この繰り返し。
オレの存在忘れてませんか?
── 今、オレ、『ラインストーン』とかさらっと言っちゃったよ。
彼氏歴5年。
ジェル、スカルプ、フレンチ、ホログラム等々…
オレの知識がその証。
── そう、オレの彼女はネイリスト。
「孝介、爪、手入れしようか?」
あっ、思い出した?
オレの存在。
「それ、もういいの?難しそうな宿題みたいだけど。」
冗談めかして言ってみる。
「あぁ…。…煮詰まった。」
と、苦笑いで前髪をなおす。
彼女のいつものクセ。
「だからちょっと、気分転換。」
と、爪やすりを ──いや、ネイルファイルを手に取る。
オレの手をとろうとした拍子に、眺めていた写真が舞い落ちた。
── 純白のウエディングドレス。
オレは、瞬時にぎょっとして。
「なっ…なにそれ?」
その動揺を、まるで隠し切れていない自信があったのに、彼女は気にするそぶりもない。
どうやらまだ考え事でアタマがいっぱいらしい。
「あぁ、紗菜ちゃんの結婚式のドレス。」
「あっ…、そ、そっ…か。」
ホッとする、オレ。
ほかにも、カラードレス、2つ並んだ結婚指輪…のスナップ。
芸能人よろしく婚約指輪を顔の横に掲げて笑う紗菜ちゃん…なんてのもある。
写真の表情から察するに、彼女が悪ふざけで撮ったんだろう。
「そういえば、来週だっけ?結婚式。」
「そうなの。ネイル頼まれてるんだけど…。」
紗菜ちゃんは、彼女の親友で。
5年もの遠距離大恋愛を実らせ、とうとうゴールインすることになった。と、先日うれしそうに話していた。
「けど、煮詰まってんだ?」
彼女は慣れた手つきで、ネイルファイルを扱いながら。
ときどき、オレの指を瞳の高さまで持ち上げてはじっと細部を確認する。
「そう〜。カラードレスのデザインはなんとか形になったんだけど、こっちはどうも…ね。」
「初めてってわけじゃないだろ?」
「そぉだけど。やっぱ、結婚式はキホン人生一度の大切なイベントでしょ?だから…毎回悩むんだけど。」
「またさらに今回は、トクベツ…だもんなぁ。」
「そうだよ〜。親友の結婚式だもん。これ以上に難しいオーダーはきっとないよ。」
オレたちもつきあって5年。
遠征ばっかのオレ相手じゃ、遠距離みたいなもんで。
オレたちもそのカップルに匹敵するぐらいなんじゃない?
…と、思うとなんか感慨深い。
「あっ、孝介、ココ割れてる。」
彼女がオレの指先に顔を寄せる。
長いまつ毛が指先に触れそうだ。
「補強しとく?」
「うん…、引っ掛けるとヤバいし。」
「爪の厚さが変わると、微妙に感覚が変わって、トスに影響しない?」
「そこまでの精度でトスあげてないよ〜。」
「それ、ファンの人たちが聞いたらガッカリするよ。そこは、『ミリ単位でトス上げてますから』とか言ってよ〜。」
彼女はビミョーなオレのモノマネをまじえながらそう言って、コロコロと笑った。
いまさらだけど…。
オレの商売道具ともいえるこの指先を、なんのためらいもなく無防備に差し出しているということは、実はすごいことではないのだろうか。
勝負の世界に身を置いてきたオレは。
それ以外では、いつも彼女にこうして無防備によりかかってきた気がする。
…とすると、オレはいつも彼女に支えられて来たんだな。
そしてたぶんこれからも…。
「で、紗菜ちゃんのネイルはいつまでの宿題?」
「う〜ん。今週中…かな。来週にはチップ作り始めないと間に合わない。」
「そっか〜。」
そういいながら、オレは…。
── 覚悟を決めた。
「それ終わったらさ、それより難しい宿題やってみる気ない?」
空いている右手を、ソファーの横の自分のバッグに伸ばす。
「なによ、それ〜?」
彼女は『何言ってんの?』というように、可笑しそうに笑った。
前を向いたまま、目的のモノを探り当て。
「たぶん、人生で最高に難しいネイルのオーダー。」
彼女は、今度は無言で首をかしげる。
握りしめた、四角い小さな箱。
濃紺のパッケージにゴールドで刻まれたアルファベット二文字は、彼女が憧れるブランドの象徴。
それをテーブルに載せ、彼女に向けて、ゆっくりとさしだす。
彼女が、ハッと息をのんだ。
「これに…、ぴったりのネイルを。」
「孝介…?」
彼女は、ネイルファイルとオレの手を持った両手を、力が抜けたように、テーブルに置いて。
そして、ぼう然とオレを見つめる。
「それから…。春には、オレとおそろいの指輪と、純白のドレスに似合う…」
その瞬間、彼女の瞳から涙の粒がこぼれ落ちた。
「最高のネイルを…オーダーしたいんだけど。」
そして、反対にオレが彼女の左手をとって。
薬指に、指輪を ──。
「オレと…結婚してください。」
−Fin−
2009.3.7