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□ Five years after
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あわただしい始業式の日程を終えて、吹きさらしの渡り廊下を体育館へと急ぐ。
ふと、目の前を薄紅色の花びらが横切って。
俺は思わず足を止め、そばにそびえる桜の木を見上げる。
ここ何年かは、春の訪れが早くて、始業式に桜を見られるのはひさしぶりな気がした。
そうか、あの年以来かもな ──。
そう思った途端。
ビュッ ──
耳元に鋭い音を立て、春特有の強い風が吹き抜けて。
花びらを宙へと舞い上げる。
見事な桜吹雪に包まれながら。
俺は久しぶりに思い出していた。
同じように桜が舞い散る中を決勝戦の東京体育館へと向かった ──
5年前のあの春の日を。
「…先生? 朝長先生!」
呼ばれる声に気づいて振り向く。
バレー部のセッター、孝だ。
「先生、こんなとこで何してんの?練習始まるよ?」
バレー部の顧問としては、超厳しいと陰口をたたかれてるらしい俺だが、練習以外ではこのとおり生徒にタメ口。
あまり威厳がないらしい。
「あぁ、昔のこと思い出してて…さ。」
「昔のこと?」
「あぁ、もう5年前…になるな。」
みんな…元気にしてるかな。
遠い目をする俺の隣で。
孝が同じように少し遠い目をした。
俺は心の中で苦笑いをする。
まだ高校生のくせに、5年前の自分のことでも懐かしく思いだしてるのか?
「先生が、初めて先生になって、この学校に来た年なんだけど。先生はまだこの季節バレーボールの選手として最後の試合を戦ってたんだ。」
5年もたてば、そのことを知る生徒達も少なくなった。
「へぇ。最後の試合…って?」
バレーボールの話に、孝の瞳が輝く。
俺は、コイツのバレーへのひたむきさが好きで。
それをまた垣間見て。
俺は少しうれしくなる。
昔の…俺みたいだ。
── なんて、カッコつけすぎか。
「プレミアリーグの決勝戦。」
「うわぁ〜、すげ〜。優勝したの?」
いまだ舞い散り続ける花びらをもう一度見上げて。
俺は ──。
「いや、負けちゃったんだ。」
どんな顔でそう言っていたんだろう…。
「後悔…してんの?」
孝が、驚くほど大人びた顔で尋ねる。
「いや…。してないよ。」
俺は、孝の澄んだ瞳をまっすぐに見つめて言う。
「バレーをしてて、悔しい思いも、楽しい思いもいっぱいしたけど…。」
「あんなに満足した試合はなかったから。」
孝は黙ったまま、俺を見つめる。
コイツは高校生なりに、俺の言葉を理解しようとしているんだろう。
俺はその様子にふっと笑って。
「お前には、まだわかんなくていいよ。十何年後か、何十年後かわかんないけど、いつか同じ思いをしてくれる日がくればいいなって思うけどな。」
孝は笑顔を返して、黙ってうなづいた。
「それに…。お前たちとバレーをしてる毎日が、今は幸せだから。」
その言葉に、孝はハッと顔を上げる。
「先生!そうだよ、練習!急いでよっ〜!!」
と、桜吹雪を切り裂くように廊下を駆け出していく。
その背中に、またも俺は昔の自分を重ねて。
いつかコイツが、ブレイザーズを優勝させてたりしてな。
俺の名前も一文字受け継いでるし?
なんてことを思い描いて。
ふわっと笑顔を浮かべながら、また桜を見上げた。
俺が抜けたチームには、あれからまた新しい歴史が生まれ。
俺は新しい歴史を生みだす選手たちを育てる。
いつか…。
その歴史が交わる瞬間を俺は夢見ているんだ。
── 『目標を持って、それに向かって毎日努力していくことが大事だよ』って生徒達には伝えていきたいと思います。
−Fin−
朝長さんの引退によせて
2009.4.12