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Good night
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コンビニの灯りが照らす、最後の曲がり角。



僕の胸を締めつけるように、淋しさと切なさをわきあがらせる。



ハンドルを切って、カーブを曲がれば。



キミの家は、もうすぐそこ。



ふたりきりのドライブが終わりを告げる。








「ありがとう。」



シートベルトを外しながら、キミが微笑む。



「あの…さ…。」



僕の言葉に、ドアに手をかけたまま、振り向いて。



上目づかいの大きな瞳が、僕を見つめる。



キミまでの距離、20センチ ──。







手を伸ばせば、なんなく届く距離にいるのに。



今はまだ、はてしなく遠い存在のキミを。



引き寄せる言葉を、またためらって。



時間だけが過ぎてゆく。









「富…松く…ん?」



沈黙に支配されてしまったかのような空間に。



やわらかなキミの声で、僕の名が響いて。



僕は呼び戻される。



「いや…、いいんだ。おやすみ。」



「おやすみなさい。」



ふんわりとした笑顔の残像を、僕の瞳に残したまま。



キミの背中が小さくなってゆく。






今日もまた ──



キミのこと、独り占めできなかったな…。














「観たい映画があるんだけど、一緒に…行かない?」



やっとのことで、切り出した誘いに。



「ホント?その映画観たかったの〜。」



キミは、拍子抜けするほどアッサリとオッケーの返事をくれた。



だけど、それはそれで。



自分が全く意識される存在じゃないからかもしれない。



臆病な僕は、かえって不安を膨らませたりした。







今日はそれ以来、3度目のデート。



確実に、キミを誘える方法を考えに考えた末。



予告編でキミが見たがった映画に誘う。



そんなパターンを繰り返し。



また僕は、キミを映画に誘った。



もちろん…。



別に映画じゃなくてもよかったんだ。



キミと一緒にいられるのなら ──。












「映画、おもしろかったね〜。」



レイトショーを見終えた真夜中の帰り道。



対向車もまばらで。



道路を照らす、オレンジの街灯だけが。



静かに後ろへと流れてゆく。



「うん。最後はすっかりダマされたよ〜。 ねぇ、今度…」



その時、キミが突然吹き出して。



次の約束をとりつけようと、勇気をふりしぼった、僕の言葉はさえぎられる。



「どっ…どうしたの?」



予想外のキミのリアクションに、動揺を隠し切れず。



僕は、運転席から、不安げにチラチラとキミに視線を送る。






「ごめん、また、さっきのモノマネ思い出しちゃった。」



クスクスと笑うキミ。



「なんだよ、それ〜。」



少しスネたフリでそう言いながら。



内心ホッとして。



キミの笑顔につつまれて、僕はまた幸せな気分になった。








キミに笑ってほしくて。



夕食の時、捨て身で繰り出したとある芸人のモノマネは。



神様の気まぐれなのか、奇跡的にキミのツボをとらえ。



手にした飲み物をこぼすほど、キミを笑わせた。









「ねぇ、もう一回っ。」



人差し指を立て、片目をつぶって。



イタズラな笑顔で、モノマネをねだるキミに。



「しょうがないなぁ〜。」



うれしいクセに、しぶしぶを装いつつ。



ふたたび、モノマネを披露してみせる。







キミは、今度も涙をながすほど大笑いして。



僕も、つられて笑いが止まらない。



車内はふたりの笑い声と笑顔で満たされる。



このままずっと、キミの家に着かなければいいのに。



この時間が永遠に続けばいいのに。



まだまだ僕は、キミの笑顔を見ていたいんだ。
















目の前の信号の赤い光に、流れていた景色がゆるやかに止まる。



会話がふいに途切れて。



さっきとは、うってかわった静けさが広がった。








窓の外をぼんやりと見つめるキミ。






キミを大切に想うほど。



してあげたいことばかりが増えてゆく。






まだ、お互い知らないことばかりで。



僕のコト。



知ってほしいこと、伝えたい想いが、たくさんある。



キミのコト。



もっともっと知りたい。





── 少しずつでも、ふたりが近づけるように。







だけど ──。



キミのキレイな横顔を見ていると。



僕は、キミにかける言葉をことごとくためらって。



結局、何も伝えきれないまま。



信号はまた、青に変わった。




























ハンドルにもたれかかるように腕をついて、その上にアゴを載せたまま。



小さくなってゆくキミの背中を、見えなくなるまで見送って。



小さくため息をはき出した。








さぁ…、行く…か。



身体を起こし、エンジンをかける。



アクセルを踏もうとした瞬間。



胸ポケットのケイタイが光を放つ。



あわてすぎて、なんども取り落としそうになりながら、やっと手にしたケイタイには。



メールの表示と、キミの名前が浮かんでいた。








『今日はどうもありがとう。



映画、楽しかったね。



今日は、またひとつ、意外にもモノマネ上手な富松くんを発見して、



もっといろんな富松くんを知りたくなりました。



よかったら、また誘ってください。』










閉じたケイタイを、ぎゅっと握りしめ。



小さくガッツポーズをつくって、喜びをかみしめる。



仰ぎ見た空には、上弦の月とまたたく星。






そうだ…。



今度は、僕の好きな場所へ連れていくよ。










そして今度こそ。



キミを独り占めしてみせるから ──。






きっと。いや…、たぶん…ね。






−Fin−





2009.8.10


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