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□ 桜の下でkissをして
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頬をなでる、まだ少し肌寒い風が。
川辺に枝を広げる木々の間を渡り。
すでに残り少なくなった薄紅色の花びらを散らして、吹き抜けてゆく。
「やっぱり、今年は“エア花見”やな。」
半笑いで言って、カレは左手を差し出した。
「ホンマやな。」
でも、一瞬、戸惑ったカオをした私に気づいて。
「今日は、オマエだけの“福澤達哉”やから、ええよ。」
と、差し出した手を、催促するようにヒラヒラさせた。
「……。」
カッコよすぎる…を通り越して、あまりにキザなセリフに。
可笑しさと、照れくささが入りまじり。
ついヒキ気味の、ビミョーな苦笑いを返す。
カレはまたも、鋭くそれに感づいて。
「なんやねん、ちゃんとツッコめや〜。オレがスベッたみたいやんけ。」
照れ隠しの、ちょっとスネたような口調でぶつぶつ言いながら。
さりげなく私の手をとると。
少し寂しいさくら並木を、それでも満足げに見上げ。
道路より低くなった、川辺へ下り、ゆっくりと歩きだした。
優しくつないだ右手と。
まっすぐ前を見つめる、涼しげな横顔。
いつもその背中を見つめていた…
憧れの“福澤先輩” ──。
こうして肩を並べて歩いているのは。
いまだに不思議な気がする。
先輩の、東京の大学への進学が決まり。
離れ離れになる前に。…と、誘ったお花見で。
想いを伝えた私は。
「なんやねん!そういうことは、もっとはよ言えや〜。」
「はっ…?」
なぜか、キレられた。
「オマエ、リアクション薄すぎや。好きやねんやったら、もっとそういうオーラ出すやろ、フツ〜。」
「……。」
「オレに興味ないんか思て、あきらめるトコやったわ。すでに東京でオンナつくる気、満々やったっちゅうねんっ!」
今なら、それが ──
カレの照れ隠しのリアクションなのだと、十分理解できるけれど。
その時の私は。
まるで意味もわからず。
大量の疑問符を抱えて、ぽかんとしたまま、固まっていて。
「オレ、ここの桜、気に入ったわ。毎年、この季節には、帰ってくるから、ここで花見しようや。」
そう言って、ニヤリと笑ったかと思うと。
ふいに、やさしく触れた唇 ──。
私は、その時初めて、想いが叶ったのだと知った。
六甲山系の水を集め。
閑静な住宅街を、南北に貫流する川。
清流が潤す、川辺の緑は、色鮮やかで。
両岸から手をつなぐように枝をのばし、咲き誇る…
さくらの薄紅色が、とてもよく映える。
あまりに有名な、さくら並木が、すぐとなり街にあるせいで。
少々、地味なカンジは否めないけれど。
この川辺は、地元でもよく遊んだお気に入りの場所。
中でも。
外国人たちが暮らした、歴史ある邸宅建築が立ち並ぶ、河口近く。
その一角に、素敵なガーデン付きの邸宅レストランがあって。
いつかそこで、結婚式をあげるのが、幼い頃からの憧れだった。
ふたりを隔てる遠い距離と。
バレーに打ち込む忙しい日々に。
なかなか会うことも、ままならなかったけれど。
この川が、淡い桃色のトンネルに、彩られる季節には。
カレは、この場所に戻ってきてくれた。
約束したとおり ──。
毎年、かならず。
大学生になって間もなく、全日本に選ばれたカレは。
あっという間に、全日本でも中心選手となり、オリンピックにも出場した。
昔から、勉強もスポーツもなんでもこなす先輩は。
いつでも、目立つ存在で ──。
だけど、今や、それとは比べものにならないくらい
“福澤達哉”は、大きな存在になってしまった。
バレーをしているカレは、『みんなの“福澤達哉”』
それが、お互いの暗黙の了解。
その世界では、カレが私の存在を感じさせることはなくて。
押しよせる不安の波に。
何度、さらわれそうになったか、わからない。
それでも…。
カレとの、この約束が。
私の“信じるチカラ”のすべてだった気がする。
目の前を横切って、はかなげに散りゆく花びらを。
少し恨めしげに見送って。
「リーグも、もっとちゃっちゃと始めて、ちゃっちゃと3月中に終わったらええのになぁ。」
カレが、少し不満げに言う。
「朝長さんとか、北川さんみたいな選手もおるんやし。」
「とか言うて、達哉が花見したいだけやろ。」
ニヤリとしてツッコむと。
「なんでやねん!オレは、その…、バレー界の将来のタメにやな…」
そう言いながらも、我慢できず。
『バレたか』と、へらっとするカレに。
顔を見合わせて笑った。
カレが昨年からプレーする、Vプレミアリーグ。
大学を卒業して、せっかく関西に戻ってきたのに。
そのファイナルは、4月の2週目の日曜日。
つまり、この場所で満開のさくらを見るには、厳しい日程。
それでも ──。
カレが、ファイナルを闘えるなら…。
これから毎年“エア花見”でも、いいかな。…なんて、今は思う。
だって。
去年、奇跡的に見れた満開のさくらも。
ファイナル進出がかなわず、悔しさと、淋しさを抱えたカレの前では。
すっかり色褪せて見えたから ──。
待ち合わせの駅から。
川岸を、川下に向かって、ぶらぶら歩いて。
今、仰ぎ見ている、河口にかかる国道の橋までが、いつもの花見コース。
土手を上って、駅への帰り道に向かおうとした時。
突然、わき上がった、拍手と歓声 ──。
カレが足を止めた。
「…なんやろ?」
「たぶん…、結婚式ちゃうかなぁ。」
あの、邸宅レストラン。
平日には珍しく、結婚式が行われているようだった。
「へぇ。マジで?」
カレは、レストランの方へと、私の手を引いてゆく。
白いアーチ型のゲートから、上下にアタマを並べて、中を覗き込み。
「「うぁ…。」」
二人そろって、感嘆の声を上げる。
「オレ、毎年花見に来とったのに、こんなトコがあったん、知らんかったわ〜。」
新緑の木々に囲まれた、シックな邸宅。
バンケットの扉が開かれ。
さくらの花びらが舞い込む、蒼々とした芝生のガーデンで。
祝福を受ける、幸せにあふれたカップル。
「なんか、めっちゃええカンジのトコやなぁ。」
「…う…ん。」
思わずその場面に見惚れてしまい。
上の空で、ぼんやりとした返事をする。
── と。
!!
やさしくふさがれた…、唇 ──。
目を見開いたまま、しばらくその温もりを感じていた私は。
ハッとして、カレを見上げる。
「…リハーサル。ってことで。」
え…?
カレは、照れた顔を隠すように、さっときびすを返し。
「とりあえず、このゲートだけは、なんとかしてもらわんとな。アーチが低すぎて、あのデカい集団、アタマ打ちまくりやで。」
また、ぶつぶつ言いながら、一人で先を歩いてゆく。
私は、その背中をクスリと笑って。
小走りでカレに追いつき、後ろからそっと、手をつなぐ。
「まぁ、清水だけは、アタマ打ったほうが、ちょっとはカシコなってええかもしれんけどな。」
カレはそんな私を見つめ、いつもの調子でニヤリと笑った。
さくらの下で、交わした ──。
始まりのキスと…。
今日の、リハーサルのキス。
そしていつか ──。
あのゲートの向こう側で。
幸せなキスをするのが、あなたでありますように。
−Fin−
パナのファイナル進出を祝して
2010.4.6