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□ Chapter3 才能の価値
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トレーニングルーム。
福山が優の身体のチェックを始める。
福山には幼なじみだとだけ話したけど、私はここでも優がバレーのことを言いださないか気が気でなかった。
「半月板損傷だったよな…。これだけ重傷だとリハビリも大変だろ?」
優の左膝には痛々しい手術跡が見えた。
「はい…。実際まだ違和感があってジャンプ力も安定しないんです…。」
「そうか…、ケガの状態は問題なさそうだから、徐々にパフォーマンスは戻るハズだ。なにより焦りは禁物、ムリすればすぐまた悪化するから気をつけろよ。」
「はい…。」
「成瀬、膝のテーピングは俺がやるから、肩頼む。上着脱いで。」
「あっ…、はい。」
ドキッ…
予想外に私の心臓が鳴る。
優の体はひとまわり大きくなって、よりがっしりしていた。
私が知ってるのは、高校に入った頃までの優だから、当然といえば当然なんだけど。
優のハダカなんて見慣れてたハズなのに…。
私はあれから二人の間に流れた時間を感じていた。
「成瀬?」
「え?」
福山の言葉で、意識をとばしていた自分に気づく。
「ほら、テーピング。」
「あっ、はい。」
「…どう? 大丈夫?」
「あぁ。」
そう言ったあと、優は思い切ったように顔を上げて、言った。
「…なぁ、絵理香、…トレーナーの勉強…してるのか?」
「えっ…、あぁ…。福山にこきつかわれてるだけ。」
優の言葉は、私がバレーを完全にやめたのか、確認してるように聞こえて。
私は曖昧な答えでごまかす。
優だって私と同じようにあれからの私を知らないハズだ。
それをどう説明していいかわからなかった。
「まったく、人聞きの悪い。これは成瀬のリハビリの一環だ。」
福山はあきれたように優にそう説明してから、私に向き直って言った。
「ここでは『福山』はやめろって言っておいただろ。」
「は〜い。福山トレーナー。」
「ったく…。じゃあ、俺先に戻ってるから指のテーピングしてやれ。」
「え…? ちょっと…。」
…で、優と二人きり。
あんな別れから3年ぶりに突然再会して、お互いに何から話したらいいかわかんない。
しばらくの沈黙。
気まずい空気が流れる。
「絵理香、あのさ…」
沈黙を破ったのは優だった。
「うん…。」
平静を装って答えても、胸の鼓動はどんどん速くなる。
「おめでとう、インターハイ。 いまさら…だけど。」
「え…。」
一瞬、なんのことかわからず、私は言葉を失う。
「頑張ったんだな、リハビリ。」
優はそう続けたあと、
「これだけは、ずっと言いたかったんだ。」
と、笑顔をみせた。
「優…?なんで? それって…。」
私は思わず聞いた。
だけど、本当はその答えをとっくにわかっていて、にじむ涙をおさえるのに必死だった。
「あぁ、ずっと見てた。絵理香はオレのこと、友達だと思ってくれてなくても、オレはずっと絵理香のこと、大切に思ってる。バレーやってなくても関係ないよ。」
「ゆ…ぅ…。」
優の想いに、とうとう涙があふれた。
私はあれからバレーも、優の話題も完全に避けてきた。
だけど、優は私のことずっと見ていてくれてたんだ…。
「優にあんなひどいこと言って軽蔑されたと思ってた。」
「絵理香…。」
「ずっと…、ずっと謝りたかったの。…ごめんね、あの時はつらくて自分と同じように誰かを傷つけたかった…。バレーやってない私なんて価値がないって思ってたのは、私自身だったのに。」
「いや、オレのほうこそごめん。バレーのことばっかりで、絵理香がどんな思いをしてるのか全然わかってなかった…。オレのせいなんだ。紗耶香が…」
「もう、いいの。…なんで優のせい?優は関係ないよ。」
私は、話を遮る。
「それより、優が全日本に選ばれてたなんて!すごいよ。」
「あぁ…、うん…。」
優の顔が一瞬曇った。
「優…?」
「絵理香、あのさ…。」
「うん?」
「……いや、いいんだ。」
優は、言いかけた言葉を飲み込んで、とりつくろうように笑顔をつくる。
「あっ!! 優、私、バレーの経験ないことになってるから、よろしくね。」
「え?」
「だって、トレーニングだけでも大変なのに、ボール練習も参加させられたらたまんないでしょ。」
優は、私の言葉にぽかんとしていたけど、そのうちクスッと笑って、
「練習嫌いはあいかわらずだなぁ。」
と、昔のままの優しい瞳をいたずらっぽく細めて言う。
「優〜!」
こうして笑いあえていることが、夢のように思えた。
「そろそろ行こうか。」
その言葉にうなづいて、ドアのほうに向かいかけた…その時、
「絵理香。」
!!
いきなり優が私の手首を掴んだ。
「あのさ…。」
「うん…。」
驚いた顔で、優を見上げて……、無言で見つめ合う。
優が先に目を伏せた。
「ごめん、なんでもない。」
「優…?」
そして、私の手をゆっくり離すと、わけがわからず立ちつくす私を残して、扉へ向かう。
あの頃自信をみなぎらせていたその背中が、今は少し陰って見えて、私は優が二度も飲み込んだ言葉がとても気になっていた。