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□ Chapter5 情熱の代償
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越川との会話を遮るため、思わず手にした雑誌 ──。
『月刊陸上競技』
……。
まさかの“月陸”…!?
── そう言うかは定かじゃねぇけど…。
『成瀬が載ってる雑誌』ったって…。
出版社の人の律儀さに、ある意味感心しつつ。
だけど。
これが、ファッション誌から離れて放置だったところを見ると。
その気づかいは、完全にムダだったようだ。
まさか“月陸”読むとはな。
苦笑いでページをめくった。
「ねぇ、絵理香ちゃん、ちょっとポーズとってよ〜。」
「ムリです。」
「俺も見たい〜。」
「俺も!」「オレも!」
「いや、あの…」
「拍手〜!!!」
朝長の一言で。
嫌がる成瀬をよそに、みんなが異様な盛り上がりをみせる。
こりゃ、リクエストに応えるまで、おさまらねぇなぁ。
御愁傷様〜。
成瀬に同情しながら、雑誌に視線を落とした。
『ケガから完全復活!いざ、世界へ!』
大げさな見出しが踊る。
だが、案の定 ──。
成瀬のインタビューは、闘争心のかけらも感じられない。
次の目標は、オリンピックかと問われても。
『まだ、そこまでは。ケガの状態もありますし。』
『今は、少しずつでも自分の記録を更新していくことだけを、考えているので。』
あいまいな言葉をならべるだけだ。
ライターさんに泣かせにもほどがあるだろ…。
ハイジャンが、“記録”を争う競技だってことを差し引いても。
こいつには執着ってもんがないんだよな。
勝つことにも、そしてたぶん…、ハイジャンに対しても。
彼女を見ていると。
俺たちと同じく、十分に世界をめざせる選手であるにもかかわらず。
たった今、ハイジャンができなくなったとしても。
涙もみせず、あっさりと簡単に手放してしまいそうな。
そんな気がするのはナゼだろう。
成瀬にとってのハイジャンは。
俺たちにとってのバレーボールのような“絶対的な何か”が。
決定的に欠けている気がしてならなかった。
「ほら、絵理香ちゃん、早く〜。」
カメラマンよろしく、両手の指でつくったフレイムを覗き込み。
無邪気な笑顔で、しつこくポーズをねだる朝長と。
さらには、メンバーの期待いっぱいの、気味悪いくらいキラキラした笑顔に。
嫌がっていた成瀬も、とうとう根負けしたようで。
小さくため息を吐き出し、苦笑いをつくる。
「少しだけですよ。もう二度と…」
「「やった〜。」」
たぶん、『もう二度としませんからっ!』と続いたであろう成瀬の言葉は。
みんなの歓声にかき消され。
成瀬は、また苦笑いで小さく肩をすくめた。
俺たちに背を向けて、近くに置かれたバッグを手にし、深呼吸する。
そして ──。
振り返った成瀬に、誰もが息を飲む。
その一瞬で、まわりの空気が変わった。
そこにいたのは。
それまでとガラッと表情を変え。
艶然とカメラに微笑む…
モデル、成瀬絵理香 ──。
みんなが思い出したようにテンション高く歓声をあげ。
そのうち、それぞれがケータイを取り出し、撮影会が始まる。
なのに、言い出しっぺの朝長はと言えば。
ずっと成瀬に見惚れたように、ぼんやりしていたせいで、完全にみんなに乗り遅れ。
「あれ、ケータイ!?」
やっと我に返った途端、そう叫んでおろおろしている。
何やってんだか…。
次々とポーズをつくっては。
“モデルの笑顔”をふりまく成瀬。
またもや彼女の新たなカオを垣間見て。
俺の中で、成瀬のホントウが、さらに霞みゆくのを感じながら。
俺は、何かを求めるように、手にした雑誌の中に、再びアスリートの成瀬を探した。
そういえば、俺、こいつのこと、たいして知らないんだよな。
あいつのこと、なんでも知ってそうなヤツらに囲まれているせいで。
なんとなく知っている気になっていた自分に気づく。
── まぁ、あいつの方が俺のこと何も知らないだろうけどな。
成瀬の“オンチ”な言動を思い出し、唇の端を上げた。
だが ──。
記事で初めて知った、成瀬の経歴に、俺はだんだん真顔になった。
成瀬絵理香 ──
高校時代に走り高跳びを始め、まもなく日本ユース選手権で優勝するなど、注目を集める。
しかし、高校2年の春、練習中に大ケガを負い、リハビリ生活を余儀なくされる。
約1年のブランクを経て、翌年のインターハイで優勝、見事復活を果たし。
昨年の日本選手権では、優勝は逃したものの、自己ベストで参加標準記録に迫り、次のオリンピックへの期待が高まる。
記事を目にして、俺のアタマは、一気に混乱した。
もちろん、選手生命を脅かすような、想像以上のケガに愕然としたのだが。
何より ──。
そんな大ケガのリハビリが、生易しいものであるハズがない。
それを乗り越えてきたにもかかわらず。
成瀬が、まるでハイジャンに執着を見せないその理由を。
俺は何ひとつとして見出だせなかった。
だったら逆に ──。
成瀬に、そのモチベーションを与えたものは、いったい何だ?
それとも。
ハイジャンへの執着がないというのは、単なる俺の勘違いなんだろうか…。
考えるほどに、謎につきあたり、俺のアタマは、ますます混迷を深めていく。
ただ ──。
そんな成瀬にあって、唯一、俺が確信したことは。
こいつには、まだ俺の知らない何かがあるということ…だ。
ポーズをとる成瀬の、スカートからスラリと伸びる長い脚。
サンダルからのぞく、華奢な足首には、そこにあるハズの手術の痕は見当たらない。
メイクで隠されたであろうそのキズ痕同様に。
成瀬が、心の奥底深くに、隠し…塗り固めているものは。
いったい、何なんだ ──?
新しい事実を知れば知るほど、逆に遠ざかっていく成瀬のホントウ。
それを知りたいと思っていることすら認められない自分と。
さらには、同じように触れられたくないキズを抱えているせいで。
それに手を伸ばすことをためらう自分へのもどかしさも手伝って。
俺の中で、彼女への苛立ちが、知らず知らずに増幅していることに。
俺はまだ、自分でも気づいていなかった。