短編
□融解消滅願望
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日が傾いでいく。
下校時間はもうすぐだ。
自分の足下から伸びる影が長くなっていくのをぼんやりとした頭で眺めながら、オレは屋上のフェンスに体重を預けた。
錆びた鉄が軋む音がする。
いっそ壊れてオレの身体ごと地面に叩きつけられてしまえばいいのにと、思った。
馬鹿みたいだ。
そうだ。
馬鹿みたいじゃないか。
オレも、アイツも、馬鹿で愚かで憐れだ。
始まりはいつだっただろうか。
あの時、オレは何を思ってアイツからの口付けを許容したのだろうか。
幾度となく身体も重ねた。
それが罪と、知りながら。
瞳を閉じてしまえば、涙が流れる事を知っていた。
だからオレはじっと前を見据えて、
屋上の扉を開けて姿を現したアイツの顔から、目を逸らさなかった。
≪融解消滅願望≫
「危ないぞ藤崎」
普段通りの、抑揚のない声で淡々とオレに忠告する椿佐介が、オレと血の繋がる実の弟であると知ったのは、つい先日。
目の前が真っ暗になるとはこういう事だろうかと、妙に冷静な頭で考えたものだ。
胸中には、歓喜と絶望が満ち溢れていた。
天涯孤独ではないという安心感と、
血の繋がる唯一の存在が椿佐介であったという虚無感。
心のどこかで椿と血縁者であるのだと知っていたから、オレは椿を好きになったのかもしれない、なんて。
考えたくもない思考が巡りに巡って吐き気がした。
実際吐いた。
見っともなく泣きじゃくった。
認めたくなんて、なかった。
椿がオレの方へと近寄ってくる。
足音が妙にクリアに聞こえた。
「藤崎」
「…名前で呼べよ」
「藤崎、ボクは」
「ほら、オレ達兄弟なんだろ?なあ、さす」
「呼ぶな!!」
自棄になっているオレの心理に気付いているのか、椿はオレの瞳を真っ直ぐに見据えながら眉根を寄せた。
何だよ、普段は名前で呼べ呼べ煩い癖に。
そう思うのに、不思議と腹立たしくない。
苛立たない。
けれど、泣きたくなるくらい哀しかった。
「なあ…オレ、どうすりゃいい?」
「変わることはないだろう」
「は、バッカじゃねーの」
悪態ついてみせたけれど、椿は何も言わなかった。
解るよ、解る。
お前も同じ気持ちなんだろうな。
オレ達は正反対のようでいて似てるから。
きっと同じ考えに囚われて、苦しんでるだろうな。
けれどお前はオレなんかよりも強いから、そんな壁さえも、いとも簡単にブチ壊してしまうのかなあ。
オレの身体をきつく抱き締める椿の腕の中で、ぼんやりとそんなことを思った。
もういっそ、時間が止まってしまえばいいのに。
それよりも、むしろこのまま二人で、闇に融けて消えてしまいたい。
涙が零れそうになったけれど、どうにか堪えた。
「つばき」
「…ボクとの関係をなかった事にすることは赦さない」
「うん、」
「ボクから離れていくことも、絶対に赦しはしないぞ藤崎」
「うん、」
「愛してる」
返事をすることはできなかった。
息もつけないくらい、苦しくて。
けれど椿の背中にまわした腕に込めた力で、オレの返事は椿に伝わっている。
fin.