短編

□誰もが愛した神は一人の真実を知る人間だけに微笑んだ
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彼は神様だった。
オレにとっても、他の奴らにとっても、
何ものにも変えがたい存在で、手に入れたくて、触れたくて、
届かないと解っていながら手を伸ばす。
だけどオレはそれをしなかった。

手を伸ばそうともがくちっぽけな人間の姿を見て、彼が笑っていたから。
心底可笑しそうに、くだらないことをしているなあと言いた気に、
その笑顔が綺麗過ぎて、誰もその真意を掴んでいなかったけれど、
オレには何故だか、解ってしまった。

綺麗に綺麗に笑うこの世で一番綺麗なその人は、
醜い振る舞いばかりをする人間を嫌う、この世で一番酷い人。
それを知りながら彼を愛してしまったオレは、
この世で一番馬鹿な男なのだろう。





≪誰もが愛した神は一人の真実を知る人間だけに微笑んだ≫





彼と同じクラスになってから、オレは何かと彼に近づきたくて、話し掛けていた。
それに対する彼の反応に違和感を覚えたのは、実は一番最初だったりする。

馬鹿をやるオレの行動を呆れて、苦笑して、盛大に笑って、
その笑顔はとても綺麗だったけれど、
そこには確かに嘲りが孕まれているのだと、すぐに解ってしまった。

見下している。
彼は、彼以外の総ての人間を、
自覚をしているのかいないのかは解らないけれど、確かに、
彼は、誰も対等な存在として見ていない。
自分を卑下するのではなくて、相手を見下している。

その事に気付いた時はショックだった。
だって、自分を見て貰いたかったのに、同じ土台にすら立てないなんて、
死んでしまいたくもなった。
死ねば、彼は少しでもオレの存在を気にかけてくれるかもしれないと、思った。
そんな考えは馬鹿馬鹿しくてすぐにやめたけれど、
哀しみと虚しさだけが残った。

だけど、気付いた。

彼のことに気付いているのが、オレだけだということ。
いつも側にいる奴らも、裏の世界で名を馳せている奴らも、
誰も、気付かない。
彼の、冷たいその視線に、
気付いていないフリをしているとは到底思えない。
だってアイツらはオレと同じように、彼を神様だと思っているから。
愛すれば愛してくれると思っているから。

彼の甘い言葉を信じて、
彼の綺麗な笑顔を信じて、
信じて信じて信じて信じて、盲信して、いる。
彼らが真実を知ったらどうなるのだろう。
絶望するのだろうか。
すれば、いい。


「ねーえ沢田ちゃん」

「なんだよ」

「知ってた?」

「何が」


実はオレも相当腹黒いこと、
オレが貴方の冷たい視線に気付いていること、
貴方の本性、
心の奥底で、他人をどう見ているか。


「神様ってね」

「?」

「神様って、さ、沢山の人間に愛されてるけど、人間みんなを見下してるの。人間は無知だから」


人間は馬鹿な生き物なの。


「人間は無知だから、神様の心に気付かない。愛すれば愛しただけ愛を返して貰えると思ってるの、無知だから。馬鹿なんだよねえ」


無知ということは、
これ以上無いまでに、罪であるというのに。


「知ってた?」

「………ああ、そういうこと」

「うん」


何かを考える素振りをした後、彼は微笑んだ。
今までの嘲りを孕んだ笑みなんかじゃない、
純粋な、喜びの、微笑みだったと、思う。


「知ってたよ」


お前がオレと同じで、達観して物事を把握していることも。


「そっか」

「うん、ねえロンシャン」

「何ー?」

「オレの物になりなよ」

「よろこんで!」


こうしてオレは神様の側にいられる唯一の人間で在ることを、赦された。










fin.

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