短篇集−和風−

□ほおずき異界通信
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立ち尽くす後ろで、おんぼろバスがごろごろと騒々しく走り去っていく。

「――…マジかよ」


まさか、こんな山奥だなんて。


寒々しい裸の木々に身震いしながら、少年はがさがさと一枚のメモ用紙を取り出した。


ちなみに、この少年の名は内野玲一。何てことはない、ごくごく普通の中学一年生だ。つい最近、両親の海外異動が決まり、母方の実家に居候させてもらうことになったのである。


書き留めておいた最寄のバス停名は“桑原六道”。うん、合ってる。


「でも、どう見たって何にもないっしょ…」

一本道の森の中。木枯らしの枯れ枝に引っかかる音が、余計に背筋を凍らせる。

まったく、何だって自分がこんな目に…――




その日は祖父の14回忌だった。

母方の実家―――秋山家は、その地域に古くから根付いた古豪の末裔なのだという。親戚は全国に散らばり、新年行事にはそれこそ百人単位が訪れるのだとか。


生粋の都会っ子である玲一にとって、そんな一族の葬祭は苦痛の連続だった。


「………疲れた」


右に行けば話を振られ、左に逃げれば酌を持たされ。オバサンは大声で笑い合い、オヤジは酒呑んで寿司にがっつく。これのどこが法要だ。

どんちゃん騒ぎが遠くに聞こえる所まで来て、玲一はようやく肩の力が抜けるのを感じた。
やっぱり、母さん達について行った方がよかったかも。


渋い色合いの柱にもたれ掛かる。この屋敷もご先祖様の大事な形見だと、久しぶりに会った祖母から教えられた。
確かに、いかにも何か棲みついていそうな気配だ。

「座敷童子でもいないかな〜…なあんて、何言ってんだ俺」

「いるよ」


絶叫が見事に裏返り、激しく後悔。だけどそんなタイミングで背後から叩かれたら、誰だって驚くじゃないか。


恨めしげに振り向くと、そこにいたのは小さな男性だった。外見のみでは年齢の予測もつけづらいが、スーツを着込んでいるあたり、学生でないことは確かだ。

玲一は男の言葉を待った。だが肝心の男は、鳶色の瞳で玲一を凝視するだけ。穏やかな顔立ちとは裏腹に、その視線はなかなか鋭い。

「…あ、あの、何かご用でしょうか…」

「ん?ああ、何だったっけ…忘れた」

どうやら本当に忘れてしまったらしい。小さく呻きながらぴたりと眼を閉じ、こめかみに指を当てる古典的なポーズをとる。


変な人だ。


「ああ、そうだそうだ。便所がどこか教えてくんない?」

「はっ?あ、すいません…お手洗いだったら、そこを右に曲がった突き当たりです」

男は口の中で復誦すると、今度はふっと微笑みを浮かべて礼を言った。

のんびり立ち去る背中を見送りながら、玲一はふとある事に気がつく。


「あれ………あんな人、お経の時にいたっけ…?」



まさか、ねえ。



座敷に戻ると、男性陣と女性陣に分かれて話に花を咲かせていた。さっきのおかしな男はどこにもいない。

「おっ、どこ行ってたんだ坊ちゃん。ここ座んなよ。寿司余ってっぞ」

「いえ、僕はもうたくさん…」

「都会もんってのは変なとこで遠慮すんだもんなあ。いいから座って、おじさん達にまじれ」

赤ら顔で誘われるのに反して、両足は根が生えたように動いてくれない。
その時、思いもよらないところから救いの手が伸びてきた。

「玲一君、おばあさまが呼んでらっしゃるわよ」
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