Story W

□ねがひこと
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『家族が健康でありますように』

『良い報せが入りますように』

『両親が元気で長生きしますように』

『残業が無くなりますように』

色とりどりの短冊が、そこかしこの柱に括り付けられた笹に躍っていた。
思い思いに結ばれたそれらには、個人的で小さな願いから、この戦いの勝利まで、大小様々な願いが綴られている。
廊下に立ったクロウリーは、それを一つ一つ手に取って見ながら、ゆっくりと通路を進んでいた。
三つほどの柱を過ぎた所で、笹の下段に結ばれた三枚の短冊を見つける。
『皆が仲良く出来ますように』
『ジェリーさんが元気でありますように』
『不器用が直りますように』
黒髪の少女と、白髪(はくはつ)の少年と、栗色の髪をした同僚の名前が書いてあった。
白髪の少年の短冊を見付けるのはこれで五枚目になる。
東洋の習慣が珍しいのだろう、思い付くたびに、徒然と認めているようだった。
ついと二本離れた笹に近寄る。
色鮮やかな糸の飾りが付いたそれは、どうやら面と向かっては言えないような事を書いたものらしく、各々英語ではない言語で書かれていた。
勿論クロウリーに読めるはずはない。しかし、見慣れない字が書かれているのは面白く、筆跡の違いに筆者を想像しつつ上から目を通して行った。
すると先程と同じ位の高さで、唯一英語で書かれた短冊を見付けた。
『リナリーさんと仲良くなれますように』
署名のないその紙に、少女の兄を思い出し苦笑する。
きっと、書いた本人も色々と思案したのだろう。
彼女には伝わるように、誰かはわからないように。
ただ、残念なことに、少女は短冊には興味を持っていないようだった。前の日に言っていたのだ、『あまり見るものじゃないから』、と。
クロウリーはそっとその札を放すと、次の笹へと手を伸ばした。
そこには、随分と高い所にまで紙がついている。
1番上の紙を表にしてみれば、見慣れた字で『リーバー君が優しくなりますように』と書いてある。
一つ下の紙には、『室長が働きますように』と疲れた字。
相反する願いに、クロウリーはまたもや苦笑した。
「あれ、クロちゃん」
何してんさ?と見慣れた顔が姿を見せる。
人懐っこく笑って近付いてくる朱い髪に、クロウリーは参考に、と手にしていた真っ白の短冊を見せた。
「決まんないんさ?」
その紙を受け取り、ふうんと眺めた少年に、ラビはどうしたであるか、と訊くが、あっさりと書いてない。と切り捨てられる。
「オレには必要ねぇもん」
ケラリと笑い、じゃあね、とその人は去って行った。
それを見送り、再度笹に向き直る。
どれだけ読んでも、どうも決めあぐねていた。
実際は、何でも良いのだ。
あの少年のように、思い付くままに書けば良い。逆に先程の少年のように書かなくとも構わない。
けれど、その短冊を放せなかった。

次の日、手の空いた教団員に因って次々と笹が取り外された。ある者が身の丈を裕に超えるそれを引きずり、運び出そうとした時、その上の方にぽつりと一つだけ結ばれた短冊に気付いた。
品の良い字で書かれたそれに、その教団員は失笑する。
『全ての願いが届きますよう』
短冊は無遠慮に放られ、火に投げ入れられた。
ぱちぱちと、山ほどの願いが呆気なく燃えて消えていく。
煙は高く高く空へと昇る。
教団員は次のシフトを頭の中で確認すると、目頭を右手で解してその場から立ち去った。
祭の雰囲気などすぐに掻き消え、教団は平常の業務に戻る。ファインダーやエクソシストたちは戦地へ赴き敷地から出払った。
次に会うのは何時の事になるのかもわからない。
流れていく凄惨な日々に、瑣末なこの一時は掻き消されていくのだろう。

「そうである」
クロウリーは白い短冊にペンを宛てた。
立ったまま書き上げ、笹の手が届くぎりぎりに結わえ付ける。
揺れる短冊には、名前は書かれていなかった。

fin


後書き

さぁ何が書きたかったんだか……。
祭は所詮祭で、又腐っても祭りなんですよ、って事かしらん?
(疑問形にすンなよ……)

write2007/7/7
up2007/7/7

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