Story W

□冷 タ イ 、 雨
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小さくキスをした。
彼は悲しげに微笑んで俺を見た。
俺はもう一度だけキスをして、彼の目の前を去った。

《冷 タ イ 、 雨》

「体は、もう?」
「ああ」
崩れかけたボロボロの車椅子にかけて、ティキはクロウリーを見上げた。
上がった口角は別段笑みを作っている訳でも無い。
クロウリーは隣のベンチに座ると、同じ高さになった目線を避けるように俯いた。
「なぁダンナ、戦局は?」
教えてよ、と血色の悪い口唇が動く。寒くなり始めたこの時期、長時間外にいたために、ティキの体は冷え切っているようだった。
クロウリーは自身の団服を脱いで掛けようとしたが、骨っぽくなった手で制される。
「…相変わらず、である」
抑揚無くそう言うと、ティキはそっか、と今度こそ笑った。
「相変わらずね…じゃ、忙しいだろ」
「ああ…」
「うらやましいぜ、暇なんだよな」
まだ、回復しねェし。
線の細くなった体を見下ろし、頭を掻く。
肘掛けの内側に付けられたポケットから吸いさしの煙草を取り出したティキは、ダンナ、火ィ持ってない?と期待していない目で問いかける。
そしてクロウリーがどこからかマッチを取り出せば、驚きに目を丸くして受け取った。
「ダンナ…煙草吸うの?」
小さく首が横に振られる。
シュッ、と赤いリンに火が付いて、既に焼けた跡のある先に燃え移った。
「……ティキ」
クロウリーの声はか細く聞こえた。
ティキは肺に煙を吸い込むと、ゆっくりと息を吐く。
あの頃とは違う、ややカビた匂いが広がる。
「あと二週間もすれば、ここを出る」
灰を地面に落としながら、ティキははは、と笑う。
「今度はホントに只の孤児さ」
イカサマ師のね、付け加えられた言葉に、クロウリーはゆっくりと瞬きをした。
どっかで友達と合流しようと思ってるから、と宥めるように言われ、瞬きは伏せる所で停まる。
暫く振りにその瞼が開いた時、目の前には二つの黒い瞳が有った。
「俺は間違っちゃいなかった」
「ティキ」
「ダンナも、そうだ」
「ティ……!」
クロウリーの頬にティキの手が触れる。
「だからもう、終わろうぜ」
頬に感じる手は、酷く固い。分厚い皮、皹割れた爪、取れなくなった土の色。
「戦線離脱、だ。
もうダンナたちとは関わらない」
違う、関われないだな。
思ったままに笑い、ティキはクロウリーの頬に爪を起てた。
欠けたそれは、鋭い切り傷をその頬に付ける。浮かんだ血に倒れ込むように口を付けて舐め、飲み込んだ。
何か言いたげにこめかみが動く。けれど言葉が続くことは無く、ティキは又微笑い今度は口唇に口唇を重ねた。

ゆっくりと、冷たくかさついた口唇が触れて、又離れていく。

何時もの様に深く喰らうでも、挨拶の様に軽率でもなく。

離れようとしたティキの目に、笑うクロウリーが映った。

その顔があまりに凍えていて、もう一度、今度は息を奪うように喰らい付く。

くちゅ、と初めて舌を求められたが、ティキが応えることは無い。

逃げるように頭を反らし、ギィと車輪を軋ませて下がった。

「じゃあね」
風も無いのに乱れた髪が表情を隠す。
不器用に車椅子を扱いながら遠ざかるティキも、ベンチで微塵足りとも動こうとしないクロウリーも、互いの顔を認めはしない。
その歪んだ顔を、振り返りはしない。

何故、と思っていた。
何故雨が降らないのかと。
そうすれば、最後に顔を見れたかもしれない。
最後に顔を見せられたかもしれない。
それとも、これが最後の幸運だとでも謂うのだろうか。
互いの顔等忘れた方が良いと、そういう事なのだろうか。

どちらにしても、もう逢うことは無いのだとわかった。

fin


後書き

あっれ、年に一度のラブラブ逢瀬にするつもりが何処をどう間違えたのかなぁ不思議だなぁ(棒読み/遠い目)
最後のわかったは別ったでも良いなぁと思いました。(後付け←←)


write2007/7/8
up2007/7/8

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