Story W

□:ディナーまで待ってて:
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朝起きて、身支度を整えて、鏡の前でちょっと念入りにチェックしてみる。
今日もいつもと変わらない、でも一応、二つに結んだ髪の毛の高さを直して、スカートの裾を払って。
部屋から出る時に見えた窓の外の空は、青く高くて、私は今日も又笑顔で過ごせそうだと嬉しく思った。


今日は任務が無いからと、廊下を歩いていつもの部屋に入る。
私がその忙しそうな喧騒に身を投じれば、お早うと沢山の声が聞こえた。
「おはようみんな。兄さんは?」
「あー、室長室に居る『ハズ』だぜ〜」
書類の山の中からリーバー班長の声がした。疲れたその声に私は分かったわ、と答え、踵を返した。
ハズ、なんて言う時にはきっと居ないんだもの。
とりあえずの書類とペンを持って、私はある場所へと向かっていた。
「どこに居るかは分かってるんだから」
私の目的地ははっきりしていた。すぐにどこかに逃げてしまう愚兄。そんな兄にも、最近お決まりの逃げ場所があると分かったから。
並んだドアの一つに向き合って、小さく叩く。
「クロウリー、居る?」
「あ…、開いているである」
中から焦ったような声がした。
そっと開いてみれば、ベッドの上、クロウリーにひざ枕をさせて横になる兄さんが見える。
「お早う、リナリー」
「おはようクロウリー」
苦笑しあって挨拶した。
兄さんったら…毎日毎日クロウリーの部屋に入り浸って。迷惑でしょ、と言っても聞かないんだから。
分かってるのかしら、と顔を覗き込めば、ぐっすり眠っているようだった。
「兄さん…」
「あ」
起こそうとして手を伸ばすと、クロウリーが小さく叫ぶ。見れば赤面して、寝かせてあげて欲しい、と小さな声でお願いされた。
「ここのところ、俄然忙しかった様で…今日も訪ねて来るなり寝てしまったのである」
膝の上にある頭に、その大きな手を被せながら頼むその姿。それが何だか凄く断り辛くて、私は仕方なくサイドボードに書類を置いて、クロウリーの隣に腰掛ける。
「有り難う」
クロウリーはいつもの様に控え目に笑って、また兄さんの頭を撫でた。
「良いのよ」
にっこりと笑って返す。
たまにはゆっくりさせたいなんて、今の状況では甘いのかも知れない。でも、珍しく健やかな寝息を起てている兄を起こすなんて、気が引けていたのも事実だった。
「今日は、任務では?」
「次は明日からなの」
「では今日は室長の手伝いなのであるか」
「でも肝心の兄さんがこれだから」
「で、あるなぁ……」
二人で問題の人を見下ろせば、タイミング良く寝返りをうつ。
落ちそうになる体を慌ててクロウリーが支え、私はそれが可笑しくて笑った。
「あれ…リナリー…?」
ん、と先刻まで閉じられていた目が開いて、私の方を見た。
珍しく自分で起床した兄さんは、手探りで眼鏡を探す。その手にクロウリーがそっと探し物を渡して、お早うと笑いかけた。
「おはよう…どうして二人なのかな」
まだ眠たそうに目を擦って、兄さんが眼鏡をかける。
「兄さんを迎えに来たの!」
「コムイ、きちんと仕事が終わってから又来るである」
被せるように言えば嫌そうに口唇を尖らせる。
ボードから兄さんの手にはい、と書類を渡せば曇っていた表情がもっと歪んだ。
「さ、行きましょ」
早くしないとリーバー班長が倒れちゃう。
私が立ち上がって促して。えぇ〜、と駄々をこねる大人の人は、更にクロウリーに急かされて、漸く立ち上がる。
子供みたい。
と思ってから思い付いた。
「クロウリー、今日の夜は居る?」
「ええと…」
「クロちゃんは明日の昼まで休みだよ…。
どうかしたかい?」
「兄さんの仕事が夜までに一段落ついたら、三人で御飯にしましょ」
ご褒美で釣るのが一番よね。
にっこりと笑って提案すれば、兄さんの表情は一遍にきらきらし出してじゃあ早く行こうか!と言い出す始末。
「じゃあ後でね!」
手を振りながら廊下に出た兄に付いて、クロウリーの部屋のドアノブに手をかける。
この分だったら、今日はみんな少しは楽かしら。
現金な兄さんに苦笑した。
「じゃあ、夕方に迎えに来るわ」
「うむ…待っているである」
又二人で笑い合って手を振って。
「待って兄さん!」
新しく出来た楽しみの種を追い掛けた。

fin


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