Story W

□So good night, my dear boy.
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プレゼントを貰った。


目の前の男は、老人に一冊の本を差し出した。薄くて小さいその本は、絵本のミニチュアらしい。
老人は無言のまましばしその視線を品定めするように絵本に向けると、これは何のつもりか、と揺れもしない声で聞く。すると男は、少し動揺した声でプレゼントである。と答えた。
プレゼント?
皺ちゃけた不審の声。本当は揺らす気などない声は、男が判りやすいようにわざと揺らされている。
あの、誕生日だと聞いたのだが…。
もしかすると、間違えたのか。そんな不安げな声に、嗚呼そういえばそんな自分も日が有るのだったと老人は男を見る。
あまりに長い間そんな行事など無縁だったので、あっさり忘れていた。正確に言うと、忘れたなんて事は無く気に留めていなかっただけだが。
済まんな、有難う。
円滑な人間関係を作るのに、最も有効な言葉を述べて手にすれば、男の顔がさっと笑顔に変わる。
どうやら長いこと、男は老人を探していたらしい。手にした本は温まっていて、ずっと握られていたと判る。
可笑しくなるほどに可愛らしいその本は、男の大きな手では、直ぐに壊れてしまいそうなのに。
取り敢えずは受け取ったものの、別に嬉しいとも思う事なく、老人はその小さな本を袖のたわみに仕舞ったまま自室へと帰って行った。
そうして自分のベット、二段ベットの上段、に胡座をかくと、近くに置いた蝋燭の明かりでその絵本に目を通す。
何の変哲もない絵本、挿絵もストーリーも凡庸な絵本。
ミニチュアになるほど好まれる理由もなさそうな、たわいないソレに、ふむ、と小さく鼻を鳴らす。
最後の最後、出所が判るまでは。
嗚呼。
老人は小さく納得して、もう一度それの中身を見返した。
そういえばこれは英語では無いな。
アルファベットには違いないが、それを英語で読もうとすれば無茶がある。男の母国語であるのだから、当たり前ではあるが。
そうか。持ち出して来ていたか。
老人は弟子からの話を思い出しつつ、そのミニチュアを今度は枕元のスペースに置いた。
何も持たずに出て来たという弟子の話には、少々訂正が必要なようだ。きっと自分の誕生日を漏らしたのも弟子だろう。そう思いながら老人はベットを下りる。
同じく老人と共用の自室へと帰って来た弟子は、足音に予期を成し準備を済ませていた師に、渾身の飛び蹴りをくらった。
老人は、つい二日後にはその絵本の行方を見失った。正確に言うと、部屋の紙類に紛れ込んで行ったそれの行方を、わざわざ意識に上らせることを止めた。特に必要となることも無いだろう。なれば、思い出して手に取ることは造作もない。
それは老人の生業でもあったから、至極当たり前の事だった。
それから又しばらくして、任務先。老人は、部屋が足りずに同室にされた男が啜り泣いているのに気付いた。
珍しく目を覚ませばその声が聞こえ、老人はちらりと視線をやる。
そうすれば、そこには心配そうにその顔を覗き込む少年が見える。
少年は老人に気付くと、寝たまま泣いてるんです。と不安そうに訴える。その様子では、恐らくずっと眺めていたらしいと見当を付け、翌日も少年には存分にその呪いを利用してもらうつもりだったので、ベットから下りて、男の横、少年の隣に立った。
そうしてから、針を構え、けれどもまた、仕舞い、今度は薄く口を開いて、お伽話を漏らし始めた。
たわいない話。
ありきたりな話。
なんということもないそれ。
流暢な語り口は音楽を聴くようで、思わず少年も瞼を下ろしかける。
ぴたり、その声が止んだ。
少年は心地良い音からはっと意識を取り戻すと、先ほどまで泣いていた男を再度覗き込み、ほっと胸を撫で下ろす。
男の頬には跡があったものの、既に涙は流れていない。
老人も暗がりの中それを確認すると、やれやれとベットに戻った。
少年は嬉しそうに自分のベットに戻ると、先刻のって子守唄ですか?と聞く。
いや、違う。と否定する口ぶりは眠気を含み、少年がじゃあ…、と再び聞こうとした時には眠っていた。
翌朝、男は気持ち良く目を覚ました。
準備をおえると、その場で朝の挨拶をする。そうして自分よりも唯一早く目を覚ましていた老人に近付くと、今度は礼を述べる。
老人が針を磨く手を止めると、男の口から英語ではない言葉が漏れる。
丁度もぞもぞと起き出して来た少年は、あっと大きく声を出した。
それ、何ですか?
声に振り向いた男に、夕べブックマンが話してたんですけど。と続ければ、男は微笑む。
老人は又針磨きに戻った。

fin


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