Story W

□遠く
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例えばあの人の声が私を優しく愛でる事は無く、
例えばあの人の手が私にそっと回される事は無く、
例えばあの人の足が私へ真っ直ぐ近付く事は無く、
それから又、
あの人の目が私を射る事も、無く。


  《遠く》


広い庭の手入れには一日の大半を費やす、それは又他にする事も無い私にとって体の良い言い訳だ。
玄関前の落ち葉を掃いてから前庭の植木に水を遣り、さして伸びても居ない枝の刈り込みをする。石像の合間を歩きながら誰も通る事の無い石畳を綺麗にしたら今度は中庭の手入れに移る。
片手間に作ったアーチや垣根を整理して、その辺りに在る土に苗に手を加えては又見る者も居ないオブジェを作り上げていく。
薔薇園に足を延ばせばその葉に何か異常は無いか執拗な程に確かめて、綻び始める蕾を一つづつ数え上げる。
種を蒔いたばかりの鉢類には優しく水を与えた後に日の当たる場所へラベルを確認しながら移しておく。
夕方になれば全ての木々を見回り採られた実は無いか鳥の巣が架かってはいないかを調べて、朝出した鉢を又ラベルを見ながら元の場所へ返しそっと短く声を掛ける。

只唯一の話し相手だと、愛おしいと思い込みながら。


祖父が私と暮らし始めた当初からそうだった様に、私も又祖父と必要以上の会話を交わそうとする事は無い。
それが私を憎む祖父と生き延びる為に保護監督者が必要で在った私との最低限のルールであり又侵してはいけない絶対法規であった。
故に、私は未だに祖父の事を殆ど知らない。
知る必要も無い、私に必要な彼の情報と言えば、彼が私の祖父であり、私を保護すべき立場であるという事だけだ。
そして今日も私は広大な城の敷地の中、“独り”、生活を営む。
朝早く起き支度を済ませ日がな一日庭に関ずって過ごし又寝支度をして夕すれば寝る。
珠に垣間見える祖父の生活は濡れた流しであったり稀に変わる本の位置であったりという色の無い変化でしか、無かった。


それなのに、今はそれすら懐かしい。
朝早く起き支度を済ませ日がな一日庭に関ずって過ごし又寝支度をして夕すれば寝る。
変わらない生活変わらない日常の筈だ、広大な城の敷地も潰すべき時間の長さも変化する筈が無い。
朝早く起き支度を済ませ日がな一日庭に関ずって過ごし又寝支度をして夕すれば寝る。
朝早く起き支度を済ませ日がな一日庭に関ずって過ごし又寝支度をして夕すれば寝る。
朝早く起き支度を済ませ日がな一日庭に関ずって過ごし又寝支度をして夕すれば寝る。
その中に、ただ御祖父様が居ないだけだ。

ただ御祖父様が居ないだけだ。

朝早く起きても、洗面所に白髪が見えないだけ。

朝食を摂っても、濡れた皿が伏せられていないだけ。

庭に出ても、目の端に揺れる安楽椅子が見えないだけ。

昼食を食べても、開いたワインが出ていないだけ。

鉢を仕舞いに行っても、位置が変わっていないだけ。

夕飯に行っても、蝋燭が減っていないだけ。

床に向かっていても、本をめくる音がしないだけ。

それ、だけ、だ。

それ、だけ――――――――


例えばあの人の声が私を優しく愛でる事は無く、
例えばあの人の手が私にそっと回される事は無く、
例えばあの人の足が私へ真っ直ぐ近付く事は無く、
それから又、
あの人の目が私を射る事も、無かった。
私は広大な城の敷地の中、“独り”、生活を営んでいた。
違いなど有る筈なかった。
そう、届けられる食材に、私の好物が混ざらなくなったと気付くまでは。
燭台の蝋燭が、継ぎ足されなくなったと気付くまでは。
本棚の隙間を、埃が覆う様になったと気付くまでは。
何よりも、何よりももう一人っ切りだと気付くまでは―――――――!








―――――――私は広大な城の敷地の中、“一人”、生活を営む。

それは、変わらない生活で、日常で。

遠い所に往って仕舞った祖父には、最初から関係の無い話なのだ。

fin


後書き

暗っ。
表現手段が余りにクドイですね…。

えーと、御祖父様死亡後、一人暮しのクロたん、です。
仲良い爺孫も良いですが不仲ー、とか殺伐ー、な関係にも歪んだ萌を感じます、すみません、自覚はあります、大丈夫です、変態です。
うふ。

淋しいを通り越す気持ちが伝われば良いなぁ、と。
…ま、無理っすかね。


write2007/8/12
up2007/8/15

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