StoryX

□銀の矢が降る
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雨の日は、全てのものを見たくなくなる。

《銀の矢が降る》

「何だい何だい…」
書類の不備が次々に見付かって、僕の机の上の紙はどんどん床へと失墜していく。
折角判子捺しでもやろうと思えば、捺せる書類が見付からない。
「あぁもう、どうなってるんだい」
イライラするような天気が続くせいで、いつもなら許せるようなミスもやけに目について堪忍袋の緒に迫る。
ザァザァと、磨かれた窓の向こう側で空から幾本もの矢が降っていた。
止めた。
不備だらけの書類を踏ん付けて部屋を出る。
途中で人に出会わないようなコースを通って、教団内を散歩する。
けど、やっぱり頭の中はぐらぐらと煮えていて。
「はぁ…」
雨の日はどうも調子が出ないのだ。
ぼやける視界、判別できない人々、ぶつける体。
なまじ大きくなってから視力が下がったために、どうしてもあの頃のクリアな視界が思い出されてしまう。
湿気で纏わり付く白衣に、あぁ、と小さく舌打ちした。

「コムイ?」

ポン、と後ろから声をかけられた。
振り向けば立っているのは本を抱いたクロウリー。
少し離れているだけなのに、その輪郭はぼやけて、更に僕の気分を逆撫でした。
「やぁ」
小さく手を上げれば、朗らかな笑顔が返ってくる。
その笑顔に、何故か少しホッとした。
「書庫に行ってたのかい?」
「うむ、少し読みたい本があって」
へえ、と隣まで進んで来た彼の腕の中を見ると、二、三冊の種類もばらばらな本が見受けられた。
「何を借りたんだい…?」
背表紙を覗こうとして、僕はまた激しくイラつかされた。
――文字が、読めない。
解読できないのではない。只単に、ピントが合わないだけなのだ。
急騰する心中とは裏腹に、僕は冷静を装って失礼、と本を一冊受け取った。
『地域別・観賞用植物の育成』
目を細めてやっと文字を読み取る。
ありがとう、と腕の中に戻すと、彼は雨の日は、と口を開いた。
「雨の日は、調子が悪くて気を揉むであるな」
え、と彼を見ると、私も昔は近視で、と朗らかに微笑う。
「イノセンスを宿してからは要らなくなったが、昔は眼鏡をかけていたのである」
だから、気持ちは分かる、と彼は僕を見る。
すぐ隣に立つ彼の顔はさすがにくっきり見えて、僕は何故か体が火照るのを感じていた。
「そ、そうだったのかい」
「うむ、雨の日はよく物を壊して御祖父様に怒られた」
たわいもない話なのに、上手く相槌を打てない。寒いはずの廊下で、僕は今にも汗をかいてしまいそうなくらい暑かった。
「肩や首をほぐして、少し目を休めると回復するであるよ」
では、と彼が去っていく。
すぐにぼやけて、はっきりと見えなくなった。
―――見ていたいのに。
やっぱり雨の日は調子が悪い。
僕は窓の外を流れていく矢を見ながら、そっと肩を揉んでみた。

fin


後書き

どー――――――!!!ですかー――――――!!!!
大義名分でーす!眼鏡クロウリーの大義名分!はっはっは!(笑)

それはさておき。
目が悪い方なら理解頂けるかと思います、コムイさんの気持ち。
そんな時は一休みですよー。


write2007/5/28
up2007/9/10

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