StoryX

□眠り薬
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(もし貴方が
   必要としてくれるというならば)


捕まって、この手に。

僕の横で眠る貴方の頬、微かに濡れた後に毎朝気付く。それは朗らかな朝には全く似つかわしくないもので、僕はいつも曖昧に挨拶を返す羽目になる。
どうしても忘れられないことは、世の中には沢山ある。
僕のそれと彼のそれは比較しようも無いものではあるけれど、大切なものを自らの手で葬るなんて、きっとそれだけで十分寄り添う理由にはなるだろう。
例え、互いの傷を癒やせるとは思わなくても。
顔を洗えば消えてしまうような薄い跡。それでも毎晩、傷は痛みだす。
僕はただ同じ枕で顔を見つめるだけ。彼の傷に触れて、何が出来るのか、何も出来ないなんて自分が一番理解しているのに。
だからそっと背中を向けて、瞼をつぶり羊を数える。
1 sheep,
2 sheep,
3 sheep,...
声に出せば貴方に届くなんて子供地味た考えの下に。


捕まって、捕まって欲しい。


懐かしく、胸を刺す夢を見る。
毎晩のように瞼の裏へ蘇る思い出は、今からは考えられない程退屈で凡庸な日々であるのに、酷くとりどりで尽くことがない。
そしてまた、目を覚ました時に気付く頬の僅かな引き攣りも。
これからどれほどの時が経とうとも、きっと目が覚める度私はこうして頬に手をやるのだろうと枕に沈みながら思う。
隣を見れば白い髪が目一杯に入る。
彼に比べて私はなんと弱いことか、このまま全てを引き擦って生きていくのだろう。
自分自身すら手に負えない私に、彼の背負う荷をどうにか出来るなどとは微塵も思わない。それでも彼が私に寄り添ってくれる温もりに、どうにか自分も応えたいと考える。
彼が願うならば。


伸ばされる手を掴んで。


暗い部屋の中に少年の声が響く。優しくあやすような響きは身じろぎもしないベッドの中の二つの体へ。
それが三桁を過ぎゆっくりと音を止めれば全くの動きを失う。
枕へ染み込む涙はそっと青年の頬を濡らし続ける。流れていく夢はそのうち朝の光によって溶かされて消えた。
揃いの証を付けた服を纏えば、二人はまた死線へ向かう。
繰り返される夢に意味はあるのかなどと考えられはしなかった。それは互いにいつ傷が癒えるかと考えるのと同じほど馬鹿馬鹿しい質問であったからだ。
あるのはただ一つだけ、彼等に与えられた選択肢。長いか短いかも分からない未来を歩いていく。
今はまだ、夢に泣き羊を数えても。


fin


後書き

………えっ…と…………。
ま、そういうことです。


write2007/9/13
up2007/9/13

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