血痕

□V
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…負けるなんて、
思っていなかった。

私の守護者たちは戦闘に関して頗る優秀だったし、ましてや四対一。例え相手がヴァンパイアだろうと変わらない、そう思っていたのは確かで。油断大敵、そんな故郷の言葉が響いていた。



「…へぇ」



好奇の赤い目がゆっくりとこちらに向けられる。彼は骸たちを殺して私の血を吸うことも簡単に出来るだろう。この取引において私に主導権などあるはずもなく、彼に何の得もない。それでも、限りなく低い可能性――青年の心変わりに賭けて私は真っ直ぐ立った。



「いけません、お嬢様!」



骸が精一杯の声を振り絞っているのが聞こえる。もう立ち上がる体力さえないだろうに、必死で体を動かそうとする彼にもういいの、と告げた。微笑んだ私に何を見たのか、骸はそれきり口を開かなくなる。



「それで、どうかしら?」


「僕には何の得もない」


「…」



やはり気付かれていた。
私を今まで守ってくれた守護者たちを、私は最期まで守ることができないのか。



「でも、気が変わったよ」


「?」


「君のその態度に免じて」



血を戴くだけにしてあげる。
その言葉を聞いた私は、恐らく酷く安心した顔をしていたに違いない。



「…感謝するわ。綱吉、隼人、下がりなさい」


「そんな…波月さん」


「出来っかよ…」


「命令、です。早く下がりなさい。下がらないなら私から行くまでよ」



私の命令と自分たちの使命に挟まれて動けない二人を押しのけ、私は青年の前に立つ。私より幾分か背の高い彼を見上げると、彼は静かに笑っていた。



「何十年ぶりかな…君みたいな面白い奴に会えるなんて」


「…フフ、それは良かった」



今までの殺人事件のことが頭の中を過ぎったけれど、死に向かっていく身としては存外穏やかなもので。ああでも、ディーノさんには申し訳なかったな。折角私を信頼してこの仕事を任せてくれたのに。遠くへ思いを飛ばしていると、私の髪に触れる手、そして耳元で囁く声で現実に引き戻された。



「戴くよ」


「っ…ぁ、」



ぺろりと首筋に生暖かい感触が走ったかと思うと、続けて鋭い痛み。ブツリと皮膚が裂ける音がした。全身の血が、逆流して、いる。





後ろで息を呑んだのは綱吉だろうか。それすらも今の私には解らなかった。
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