血痕

□D
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恭弥が一人、また一人と敵を薙ぎ倒していく。
その光景は誰が見ても人間業ではない。尤も、動揺が男たちに広がる前に恭弥は敵を全滅させてしまったのだが。...それにしても、恭弥は何を怒ってるのかしら。


「...おはよう、恭弥。良く眠れた?」


「...」


...あ、マズい。想像以上に怒ってるみたい。
不機嫌さを隠そうともしない表情で此方を見下ろす彼に、とりあえずロープを切って欲しいと頼めば案外すんなりと私は手首を解放された。私も恭弥も互いに無言。妙な空気に耐えきれず口を開いたのは私の方だった。



「ねえ、貴方は何をそんなに怒ってるのかしら?」


「...怒ってる?この僕が?」


「...あら、怒ってないとでも言うの?」



ずい、と彼との距離が縮まる。
鋭い視線を向けられ、...本当なら守護者がボスにこんな態度を取ること自体考えられないことだけど、まぁそれはともかく、私も負けじと恭弥を睨み付けてやった。



「...」

「それとも、何か言いたいことでもある、っ...」



手首を強く掴まれ思わず口の端から息が漏れる。
きつく縛られていたせいか、赤くなっていた所をピンポイントで押さえられた私がますます彼を睨む目に力を込めたのは言うまでもない。ああもう、一体何がしたいっていうの?




「...両手首」


「え?」


「腹に三カ所、背中に一カ所、頭に一カ所...それに太腿」


「...」


「これが君が言う”作戦“?見せしめの為だけにボス自ら捕まってやるなんて敵に無償で餌を提供してやるようなものだ」



そんなことはこれまでも散々言われてきたことだ。
だけど、恭弥にまで言われるとは思っていなかった。正しくは、“言ってくれると思わなかった”だけど。身体の奥からじわじわと湧いてくる熱いものに何と名前を付ければいいのか分からない。ただ、負の感情でないことは確かで。



「恭弥、もしかして、」


「なに」


「...心配、してくれたの?」


「!」



信じられないとばかりに目を見開いたのは恭弥の方。まるで今までの自分の思考回路を確かめるように沈黙した彼を、私も驚きを以て眺めていた。それから暫く、恭弥がふっ、と息を吐き出すまでその空気は解けなくて。



「...当たり前でしょ。君が居なくなれば最高の食料源を絶たれるんだから」

「ああそう、それ以外に何かないわけ?」

「ないよ。...あぁ、でもからかい甲斐があるよね。例えば、」



それはあまりに突然の出来事だった。
何の前触れもなく、また何の事前動作もなく塞がれていた唇。文句を言おうとした私の唇を覆い隠すように。私が我に返ったのは恭弥の舌が侵入してきた時で。



「ん、んっ...」



何考えてるの、恭弥、と問いかけることもできず。
なかなかその行為を中断しようとしない恭弥、彼にされるがままになっていると、口内に流れ込んでくる彼のものと思われる唾液。思わずこくんと飲み込めば、漸く彼から解放された。肩で息をしている私とは対照的に恭弥は涼しい顔でこう一言。



「例えば、こうやってね。...面白い顔」

「...っな、」



何も言えずにいる私に背を向け歩き出す恭弥。
それと入れ違いになるように綱吉が入ってきて。



「..波月さん、お迎えにあがりました。奴らのファミリーは予定通り壊滅したようです」

「え、あ、あぁ...」

「波月さん?大丈夫ですか」

「ええ、問題ないわ」



既に姿の見えなくなった彼に動揺してしまう。
心配そうに覗き込んでくる綱吉に何度も大丈夫だと言い聞かせて。火照っているであろう顔を冷まそうと手で扇いでいた時、綱吉がぽつりと呟いた言葉を私は聞き逃さなかった。



「...そういえば、頭を殴られた傷はもう塞がったんですか?」

「あ、」


そうだ、確か頭から多少なりとも血が出ていた筈だと恐る恐る頭に手をやるも、一向にぬるりとした感覚はない。綱吉が後ろに回り込んで確認してくれたが、どうも傷自体がないようで。...そんな筈はない、だって現に恭弥に指摘されたんだから。まさかと思いお腹を押さえれば、先程まであれほど痛んでいたのが嘘のように収まっている。



「もしかして、雲雀さんに何かされたんですか?」


「...何か、って?」


「それは俺にも分かりませんけど...それ以外考えられないじゃないですか。心当たりはないんですか?」


「...」



...何か、をされた覚えは大いにある。
でもキスされて怪我が治るなんてそんな、御伽噺じゃあるまいし。でも確か、そう...昨日もあのビルで銃痕が消えた。何をされたかはあまり思い出したくないけれど。...でもまぁ恭弥が関係しているのは間違いなさそうね。後で骸にでも聞いてみようかしら。と、考えた後、行くわよと声を掛け綱吉を連れて歩き出す。彼が、私からのお咎めがないことに驚いていたことなど知る由もなく。
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