血痕

□E
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「あ、僕明日から暫くここ空けるから」

「…」



夕食の席でぽつりと呟かれた言葉が見事なまでに沈黙をもたらした。
声の主は確かめなくても分かる。何故ヴァンパイアである彼が食事を共にしているかといえば――正しくは彼に聞いたところ――「僕が人間の食事を食べたら何か文句あるの?」だそうだ。つまり、ヴァンパイアは人間の食事を食べても毒にはならない、そういうことだ。まあ実際に腹が満たされることはなく、嗜好品として楽しむ程度、らしい。それはともかく、雲の守護者の使命を放り投げたとも取れる宣言に、私は心の中で溜息をついた。そして同時に、この場に骸が不在で良かったと感じたのは私だけではない、と思う。



「…また突然ね」

「まぁね」

「それは、私がアンタに出した条件を踏まえた上での発言?」

「当たり前でしょ」



…つまり、恭弥は「雲の守護者の使命を全うしなければ食事その他云々を保障しない」ことを承知の上で発言したということ。雲の守護者の使命はボスの護衛。一応、理由でも聞いておこうかと口を開きかけた時、私よりも早く声を発したのは綱吉だった。



「波月さんの『雲の守護者』である雲雀さんに聞きますけど」

「…」

「そんな申し出が許可されるとでも思いましたか?」



恭弥は意外な人物から抗議を受けたことに少なからず驚いている様子。
…昔から、責任感は人一倍強いからなぁ、綱吉は。まあ、そこが頼りになるんだけどね。すっかり「大空の守護者」の目になった綱吉から恭弥に視線を移せば、その口元は弧を描いていた。



「思ったよ。確実に、ね」

「理由を聞かせてください」



そんな二人のやり取りを武と隼人が見守っている。ってああ、また隼人皺寄ってる。きっと、気に入らないんだろうな、なんて。今場の空気を悪くしている原因の一つである私がこんなこと考えてるなんて知られたら怒られちゃうかしら?でもね、隼人。アンタは心のどこかで理解してる筈。恭弥が何も考えなしにこんなこと言う奴じゃないってこと。



「そうだね、確かに私用で僕の「使命」とやらを投げ出すんなら問題だろうね」

「…私用で空けるのではない、と?」

「そういうことになるかな。…例のヴァンパイアについて気になることがあってね」



その瞬間、空気が緩んだのが肌で感じられた。使命を放り出せば敵、そこまではいかなくとも味方ではないと判断される。それが私流ボンゴレのルール。普通の組織ならここまで厳しくはないだろうと思う。だけどそれが私の考え方。…私のために働かない奴は、ボンゴレには必要ない。



「許可、してくれるんでしょ?波月」

「…構わないけど。暫く、って?」

「少なくても五日間かな。何か掴めればすぐ戻るし、掴めるまで戻って来ないよ」

「…早く情報が掴めることを祈ってるわ」



言いながらメインディッシュのお肉を一口。
ふと恭弥の食事のことが気になったが、必要であれば言うだろうと思い口にしなかった。恭弥がいない間の護衛は骸に頼むとして、「こんばんはー」



「な、」
「おっ」
「いつの間に…」



私の視界に突然現れたエメラルドグリーンの髪。



「…来るなら言ってくれれば良かったのに!」



言うなり、私はその少年――フランくんに抱き着いた。



「波月サン、苦しいですー首締まってますー」

「相変わらず可愛いんだからっ…」

「話聞いてますー?」



相変わらずだな、なんて武が笑っているのが聞こえる。彼はフランくん、綺麗な髪の色をした術士で、骸の弟子だ。骸が弟子に取るくらいだから、その腕はかなりのものだと理解している。…師匠を超えているのではないか、とさえ思う時だってある。だが如何せん、やる気がまるで感じられないので本当の実力は未知数なのだが。まあ術士としての実力云々はさておき、彼の愛らしさといったら!私よりいくらか年下だし、背も低いし、その可愛らしい容姿からは想像も出来ない毒舌も魅力の一つ。とにかくもう私のツボを押さえすぎるほどに押さえている彼。毎回ふらっと現れて、いつの間にかいなくなっているのだが、彼がこうして目の前に現れれば抱き着かずにはいられないのだ、私は。



「波月さん、…そろそろ本気で苦しそうですが」

「え?…あ」

「ぐえ…げほっ」



綱吉に言われ、しぶしぶ手を放す。ふと視線を感じて顔を上げると、恭弥がこちらを凝視していて。…いや、正確には私ではなくフランくんの方を。その目に強い警戒心が宿っている気がして、思わず私は口を開く。



「…恭弥、彼は骸の弟子のフランくん。術士よ」

「……そう」

「で、雲雀恭弥。私の新しい雲の守護者」

「どうもー」



…何かがおかしい。恭弥の目は相変わらず警戒心を含んだままだし、フランはフランで一度も目を合わせなかった。なんとなく気まずい空気が流れ始めた時、それを破ったのは他でもないフランくんだった。
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