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□ある非日常
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どうして。
どうして、
こんなことになっているのでしょう。
とあるイベント会場にて。
一人、ぽつんと佇む少女がいた。
「遅い...遅すぎる...!」
言わずもがな、それは私ですこんにちは。
事の発端は先日、友人から深夜に電話がかかってきたことだった。こんな時間にふざけてんのか、とか思いながら渋々通話ボタンを押せば何やら興奮気味の声が聞こえてきて。
『亜矢!聞いてっ』
「ちょ、煩い耳に響く」
『当たったのよ!』
「何が」
『風様来日イベントの限定チケット!!』
風様、と書いてふぉんさま、と読む。風様とは、まぁ言うなればアレだ、俳優さん。中国出身で、アクション映画の主演を数多く務め、賞も何度か受賞している、らしい。ちなみにこれは全て友人から聞いたことで、その友人は風様の大ファンである。もうお分かりのように、電話をかけてきたのもこの友人。
「...え、確かアレって凄い倍率なんじゃなかったっけ」
『そう!そうなの!もうどうしよう一生分の運使い切ったマジやべえぇ』
「良かった良かった、楽しんできなよー」
『亜矢も来るよね?』
「...は?いや行かないよ」
『二人分当たったんだけど』
「だって私そんなに風様のファンじゃな、」
『来るよね?』
「だから、」
『 来 い 』
「...行かせていただきまーす」
とまぁ、こんな感じで私と友人の東京行きが決まった訳で。何せ初めて行く場所、迷うかもしれないと一旦集合してから会場に入ろう、ということになったのだが。
「何やってんの...」
来ない。
あと30分もすればイベントが始まってしまうというのに。何度かけても繋がらない電話に苛立ち、電源ボタンを押した時だった、彼女からメールが来たのは。
TO 亜矢
FROM 葵
SUB 無題
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ごっめーん
イベ楽しみ過ぎて
先入っちゃった☆
許して(*´▽`*)テヘッ
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一 回 死 ん で こ い 。
この時ばかりは本気で殺意が沸いた。
だけど怒ってばかりいても仕方がない、なら私も会場に入ろう、と思ったまでは良かった、うん、ここまでは。
「なんか完全に入っちゃいけないとこ入り込んだ気がする...」
近くにあった扉らしき物を見つけ、ここかな、と入ったのが間違いだった。暗くて周りは良く見えないし、人も居ない、それに加え何やら高価そうな機材が両脇に並んでいる。ならば引き返そうと後ろを向けば、曲がった覚えもないのに通路が枝分かれしていて。マズい、これは完全に、迷った。
「ど、どうしよ...」
迷子になった時はむやみに動くな、というのが定石。しかし、実際迷った人間がその場でじっとしているか、といえば答えはノーだ。迷うヤツに限って周囲をうろうろし、そして余計に迷うという負のスパイラル。案の定私もじっとしてなどいられず、とりあえず少しでもと歩き出し一つ目の角を曲がった時、そこに人がいることに気がつかず思いっきりぶつかってしまった。
「いっ...ごめんなさい、」
どうやら私がぶつかったのは背中側らしく、その人が振り向く気配がした。もう一度ごめんなさいと言いながら顔を上げた私は次の瞬間完全にフリーズ状態に陥ることになる、だって、
「気をつけなよ......君、誰?」
見上げた先にあったのが風様の顔だったから。
「ふ、ふ、っ...」
「ふ?変な名前」
「ふぉ、風様ぁ?」
「...は?」
目の前の人は明らかに怪訝な表情だけど、私的にはどこからどう見ても風様だ。え、なんで、今この人イベントの真っ最中なんじゃ。ギロリ、と上から睨まれるような形になり、そのあまりの迫力に身体が震え出す。
「まぁ、どうでもいいけど。此処、関係者以外立ち入り禁止だよ」
「え、あっ...す、すいません!えと、友達捜してたら、迷ってしまって、それで、えっと、...とにかくすいません!」
やだ何かこの人怖い!
来た道を引き返そうとくるりとUターンした瞬間、後ろから襟首をがしっ、と掴まれた。
「ちょっと待ちなよ」
「ごっごめんなさいすいませんっ」
「こっち向いて」
言われるがままに、ぎこちなく振り向けば、目線の高さを合わせるためかしゃがみ込んで私の顔をしげしげと眺める風様(仮)。
そのまま触れるほどに顔を近付けてきた彼に、反射的に離れようとした私だがいつの間にか私の後頭部に置かれていた手に邪魔されてそれは叶わなかった。
一体何なんだと思いながらも赤くなる顔を誤魔化すことも出来ず、ただただじっと耐える。
「...ふぅん、成る程ね」
「え、と」
「君さ、」
磨けば光りそうだね、と至近距離で呟かれた言葉を理解するのに数秒かかった。
今までのは何だったんだと思えるほどあっさりと彼は離れ、やっと解放されると思った矢先、がっしり掴まれた手首に首を捻る。
「...あの、まだ何か」
「君、暇でしょ。ちょっと来て」
いや、暇じゃないんですけど。
そう心の中で訴えたが、声に出していないので目の前の彼には届く筈もなく。
何処へ行くのかも知らされないまま、恐らく出口とは逆方向に引っ張られていく。
そうしている内に私が連れてこられた場所には、テレビでしか見たことがないような撮影機材らしきものが置いてあって。
先程まではどこを見ても人っ子一人見当たらなかったというのに、そこはスタッフらしき人が大勢おり、眩暈がしそうになった。
「恭弥!お前、今まで何処行ってたんだよ」
声のする方を向けば、金髪の明らかに日本人ではない人が此方に駆け寄って来る。
どうやら呼びかけられたのは風様(仮)らしい、彼も其方へ向き直ると口を開いた。
「どの道まだ撮影始められないんだから、僕が何処に居ようと貴方には関係ないでしょ。それより、まだ来ないの、ソイツ」
「え、ああ...まだ一時間くらいはかかりそうだって」
その言葉を聞いた瞬間、にやりと彼が笑うのが背中からも伝わってきた気がして。
ぐい、と強引に掴まれたままの手首を引き寄せられれば、私の身体はそれに逆らわず彼の横に並ぶ形になった。
「この子と撮るよ」
「は?てかお前、もしかしてこの子...」
「一般人だけど?」
「無理に決まってんだろうが!大体、ちゃんとその子には説明したのかよ」
「そんなの、必要ないよ」
「...おいおい、」
何やら話が恐ろしい方向に進んでいる、気がする。
はぁ、と大きな溜め息をつきながら、私の顔を覗き込んできたその人は、悪いな、と言いながら自分の頭をくしゃりと掻いた。
「あー...実はよ、コイツは一応モデルやってて、俺はそのマネージャーっつーかスタイリストっつーか、まぁそんな感じなんだけどよ」
「は、はぁ...」
「これから撮影する予定だったコイツの相手が渋滞に捕まっててこっち来るのにもう暫くかかるんだと」
なんだか、頭が追いつかない。
それを私に説明してどうしようというのか、そしてそもそも此処はどこなのか。そんな事を考えている私を余所に、マネージャーさんは衝撃的な一言を口にした。
「...んで、その相手の代わりにお前と撮影したいってコイツは言ってんだけど、...一応聞くが引き受けてくれるか?」
「はい?」
「無理だよな?」
「...いや、無理に決まってるじゃないですか寧ろそっち的に許されるんですかそれ」
「だよなー」
どこかほっとした表情で笑うマネージャーさん。
ほら、この子も無理だって言ってるだろ、と風様(仮)を宥めるマネージャーさんを一瞥すると、彼は分かった、と小さく呟いた。
「そうそう、分かったならもう暫く待って、「じゃあ帰る」...はぁ!?」
「聞こえなかったの?この子とじゃなきゃこの仕事降りる、って言ったんだけど」
私ですらぽかん、と口を開けてしまった。
私ですらそうなのだからマネージャーさんは尚更のようで、一瞬呆けた後明らかに焦りだした。
「いやいやいや、それだけは勘弁してくれよ、頼むって!」
「やだ。遅刻した奴を待つ程僕はお人好しじゃないんだ、遅れてくる方が悪い」
確かに一理あるんだけど、そうなんだけど、私を巻き込まないで欲しい。
私を放置したまま進められる会話、しかし帰り道の分からない私はどうすることも出来ず。
ぼんやりと眺めていると、何かを決心したような表情でマネージャーさんが此方へ向き直った。...嫌な予感がする。
「...っ頼む!コイツと撮影してやってくれ!」
そう言ったかと思うと、がばっ、と効果音がする位勢い良く頭を下げられた。返答次第では土下座しそうな勢い。
それでも心を鬼にして、無理ですと再び断ろうとした時、見上げてきたマネージャーさんの瞳はまるで捨てられた子犬のようで。
その視線に耐えられず、こくりと頷いてしまった私がいた。