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□目覚めさせたのは貴女です
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もぞ、とベッドにゆっくりと潜り込む。...まだ、寝ていたい。どうせ今日は非番だし、緊急召集でもかからない限りすることもない。眠っていても問題はないはずだ、と考えてそこで気づいた。重い瞼を懸命に開いて隣を見れば、昨夜一緒にベッドに入った彼が見当たらなかった。
「...狡噛さん?」
呼びかけてみるも、返事はない。視線をそのままソファーの方まで移動させれば、そこで横になっている後ろ姿が見えた。ーーああ、またか。
彼を見つけたからといって動く気力もなかった私は、もう一度ベッドに潜り込む。完全な不貞寝。彼、狡噛さんは私がこうして彼の部屋に泊まっていく度に、私にベッドを譲る。正確には、寝るときは一緒にベッドに入るくせに朝になると必ず彼はソファーで寝ているのだ、これじゃ、私が狡噛さんの快適な睡眠を邪魔しに来てるみたいじゃないか。...私はただ、彼と一緒にいたいだけなのに。なんとも虚しい気持ちになって、思わずシーツを握り締めた。
***
「狡噛さん、」
私が呼べば、彼は視線だけを此方に寄越して続きを促した。彼がくわえる煙草の先で、白い煙がゆらゆらと揺れている。
「こうして私が泊まるの、迷惑ですか」
「...んな訳ないだろ」
どうした、と目を細めて此方を見る狡噛さん。彼が不可解なことに出会った時の癖だ。そうして、その奥にある真意を覗き込もうとする。
「だって、その...」
その視線に耐えきれず、目を泳がせる。それに気付いたらしい狡噛さんが、煙草の火を消して立ち上がった。ギシ、とベッドのスプリングが軋む音がする。
「何か不安なことでもあったか」
私の不安を消そうとするように、隣に座った彼が私を引き寄せた。微かな煙草の匂いに癒されている自分がいて、つくづく狡噛さんの思い通りになる女だと苦笑する。
「いつも、いないから」
「...どういうことだ、それは」
「朝になったら、狡噛さん、隣からいなくなってるでしょう」
「...」
そう言ってしっかりと彼を見上げれば、今度は向こうから目を逸らされた。ねえ、そこで目を逸らすのはどういう意味なの。
「あー...いや、それは」
「...」
「...すまん、悪気がある訳じゃないんだ」
じゃあ、なんで。
そういって聞く勇気は、私にはない。その代わりに、回された彼の手にそっと触れて、ありのままの気持ちを。
「淋しい、です」
ぴく、と狡噛さんが反応したのが伝わってきた。その割に何も返事がなかったので、そのまま続ける。
「目が覚めた時に狡噛さんがいないのは、淋しい」
返事がない。
何故だか急にいたたまれなくなる。その場の雰囲気から抜け出したくて、立ち上がった。
「私、シャワー浴びてきます」
狡噛さんから逃れる為の口実だった。彼もそれは理解しているだろう。とりあえず、一旦落ち着こうと一歩踏み出した瞬間、私は後ろから引き寄せられた。言わずもがな、引き寄せたのは狡噛さんである。
「悪かった。そうだな、理由もなしに避けられてたら不安にもなるよな」
「...」
どくどくと心臓が高鳴る。駄目だ、この体勢は、狡噛さんの鍛えられた身体が背中と触れ合って、変に意識してしまう。
「狡噛さ、離して」
「いいから、そのまま聞いてくれ」
おまけに、彼の低い声が耳元で囁かれるのだからたちが悪い。どうすることもできないまま、私は大人しく彼の太腿に腰かけている。
「我慢できないんだよ」
「...えっと...?」
「好きな女が隣で無防備に寝てる状況で寝れる訳ないだろうが」
「...」
「襲わない自信が全くな「分かりました!分かりましたから!」
顔に熱が集中する。もしかして、その、そういうことなのか。余計にこの状況が恥ずかしくなって、思わず俯く。
「...まあ、」
「ッ...」
「お前が嫌じゃないってんなら、話は別、だけどな」
「そ、れは」
嫌か?と耳元で囁き続けるこの男をなんとかして欲しい。もう絶対に、これは確信犯だ。身を捩って逃げようとすれば、首筋にキスをされた。駄目だもう、無理。
「い、嫌じゃない、ですけどっ...!狡噛さんっ」
嫌じゃない、と答えた瞬間にぐいっと体が倒されて、あっという間に狡噛さんはマウントポジションに。にやり、と笑う彼に嫌な予感しかしない。
「嫌じゃない、んだろ?」
「言いました!けど、そういう意味じゃな、んっ」
少しかさついた唇が触れる。
そうしてより深く、もっと深く。ようやく唇が離れた時には、私に抵抗する力は残っていなかった。
「ご愁傷様」
目覚めさせたのは貴女です
(眠らせておけば良かったものを)
2013.03.22