文・其之壱
□ホテルTERADAYAへようこそ ≪ROOM NO.1≫
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「トシ、来月から宴会な」
「……は?」
この異動がなけりゃ、
俺はお前を必要以上に意識しなくて済んだのに。
大都会――とまでいかないが、割と賑わっている街の駅前に堂々と佇むシティホテルが俺の職場だ。
大学卒業後、フツーの企業に就職しようと思っていたのだが、幼なじみの近藤さんの紹介で、近藤さんの父親の友人がGMを務めるこのホテルに半ば強引にスカウトされて入社した。
シティホテルというのは泊まるのは勿論、それ以外でもレストラン、宴席、会議、展示会、結婚式など、様々な催しに対応している。
俺は入社してすぐ、宴席や会議などの営業をしていた。
お客様のニーズに対応しつつ、請書を作成したら宴会サービス担当者にお任せだ。
殆どがデスクワークだから気に入っていたのに。
宴会…つまり宴会サービスはかなり体力を使う。
テーブルやイスを運んで会場を作り、会議や宴席の始めから終わりまで付きっきりで、挙げ句に次の日のレイアウトを作らなければならない。
朝から晩まで立ちっぱなしの動きっぱなしだ。
しかも土日祝日は結婚披露宴がある。
担当者を黒服と言うのだが、新郎新婦のエスコートをしつつ、披露宴会場全体の責任者となってしまう。
新郎新婦の一生に一度の晴れ舞台に、関わってしまうのだ。
「…なんで宴会なんだ?」
苦い顔で近藤さんに尋ねた。
「宴会の黒服が一人、他のホテルに引き抜かれちまったんだよ。そしたら松平のとっつぁんが、トシにも色んな経験してもらいてぇな〜って…」
「トシならァ、顔も要領もイイし大丈夫だろ?」
近藤さんが言い終わらないうちにGMである松平片栗虎が煙草を吸いながらこちらに歩いてきた。
(顔関係あんのか?)
「トシは営業でも優秀だったからな!宴会でも全く問題無いだろう?ついでに俺のフォローをしてくれると凄く有り難いなァ!!」
ガハハハハ、と近藤さんが笑いながら言った。
隣で松平のとっつぁんがウンウンと深く頷いていた。
「…つーか、アンタら2人に言われたら断れるわけねーだろ…」
溜め息を吐きながら呟いた。
俺は仕事はかなりキッチリしたいタイプだから、面倒だとかそういう事ではない。
結婚式という空間が苦手なのだ。
仕事とはわかっていても、浮かれまくった新郎新婦を前にすると、自分も巻き込まれてしまうようで怖かった。(照れくさいとも言う。)
でも、やるしかないのだ。
俺は頼まれると断れないから。
宴会は近藤さんが課長だし、なんとかなるだろう。
次の週から、上司である営業課課長の伊東に引き継ぎを始めた。
伊東は俺の異動が気に入らないようだった。
同じ建物にいるのだから何故異動如きで不機嫌になるのかはわからないが。
休憩所で一服していると、幼なじみの沖田が近づいてきた。
「なんでィ、土方さん、来月から宴会だって?折角なんだから他のホテルに飛ばされちまいなァ。」
「フン、生憎だなァ総悟。これでおまえと毎日同じフロアで仕事せずに済むと思うと清々すらァ。」
「じゃあ是非、俺の企画担当する披露宴で過労死してくだせェ。とっておきの内容にしてあげますぜ…。」
「……おまえ、ホントにウェディングプランナー…?」
コイツが企画した披露宴なんて絶対やりたくない。
しかし、黒服になる以上は避けては通れないだろう。
今は1月。
ホテルの宴会業は3月の終わりまでオフシーズンだ。
忙しくなる前にじっくり慣れる時間がありそうだ。