BOOK5
□01.愛をお届けします
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降り積もる雪は当たり前だけど冷たい。
小さな頃、ふわふわしたまっしろいそれは触れたら少しの弾力と一緒に手のひらに残ると思っていて、それをぶち壊したのはあたしの初恋の幼なじみだった。
夢をぶち壊した張本人を力一杯殴ってやりたかったけど、一丁前に恋心なんて感じてたあたしのしたことは、行き場のない拳の力の分の涙を真っ白な雪に染み込ませるだけだった。雪はあたしの落とした涙の形に溶けていた。
「ユーリ!」
あたしは彼の前で泣いたことがなかった。唖然とするユーリを咎めるような、焦りも多分に含んだ声がフレンから飛んできた。ユーリはぽっかりと口を開けた間抜け面で、あたしはばらばらと顔面に涙を散らしている。なんてクリスマスだ。夢はぶち壊されるわ、こんなひどい顔を好きな男の子に見られるわ。幼心にも踏んだり蹴ったりな気持ちになった。
「あ、ま、まってろよ、そこにいろ!」
ようやく我に帰ったユーリが、ばたばたとどこかへ駆けていく。下町の冬は足場が悪いのに、そんなことも関係ないほど速いものだから、名前を呼ぶ隙すらなかった。ごしごしと固い袖口で涙をぬぐうと、フレンがハンカチを手渡してくれた。中に入ろうと、そう声を掛けられるけども、あたしは首を横に振った。だって、ユーリが、ここにいろっていったもの。幼少の頃のいじらしさはどこに行ったのだろう。
しばらくして、またばたばたと石畳を雪ごと叩きつけるような足音が響いた。ユーリが戻ってきたのだと気づくけど、あたしの体はがちがちと震えていて、うまいこと彼の近くに寄ることができなかった。指先は真っ赤になるレベルをすでに通り越したらしく、血の気が引いたような不健康な白に変わっていた。
「これ、やるよ」
震えるあたしに近寄ると、あたしの鼻先になにかふわふわしたものを押し付けた。寒い中半分くらい意地になって立っていたあたしは鼻水がついたんじゃないかと危惧したけど、そんなことはなかったらしい。かちかちに凍えた手で受け取ったそれは、ふわふわとしたフェルトの雪だるまだった。
「とけない雪は、やれねぇけど」
そう言った彼のほっぺた、耳、鼻の頭、指先。全部が赤く染まっていた。寒そう。ただ立っていただけのあたしよりユーリの方が凍えてしまいそうな気がして、その場で凍りついたんじゃないかと思うほど動かしにくいからだでユーリに抱きついた。
「ユーリ」
「…なんだよ」
「ありがと」
「…ああ」
ユーリにしがみついてなおがくがくと震える背中を、ユーリの冷たくなったてのひらが撫でる。
寒いね。
ああ、寒いな。
いつまでも中に入ってこないことに痺れを切らしたフレンがあたしとユーリを家の中に引きずっていくまで、あたしたちは寒い寒いと言いながら、お互いにしがみついていた。
愛をお届けします
懐かしい夢から覚めたあたしは、すこし薄暗くなった部屋をぐるりと見渡した。とけない雪だるまをもらった次の日、揃って風邪を引いたあたしとユーリ、それを叱るフレンがこの部屋にいた。
いまやフレンは騎士団長だし、ユーリはユーリで帝都を飛び出すし、あの日の三人はバラバラになってしまった。さびしいことだ。
「…いけない!買い物!」
財布の入った鞄を引っつかんで、ドアを開く。部屋にはあの日みたいにきんきんに冷えた風が飛び込んできた。ぶるり、と一度実を震わせて、机の上の雪だるまを一瞥する。今日はユーリの好きなものを作ろう。
あたしはこの下町で待っている。あの日のようにユーリがほっぺたを真っ赤にして駆けてきてくれる時を。
そうしたら今度はあったかいからだで彼にしがみついてやる。とけない雪だるまが、あたしのてのひらをあたためたように。
レヴェマーチ!さまに提出。
名前変換がない……!
素敵な企画に参加させていただいたことに感謝いたします。よいお年を。
2009.12.25 三夜