彼の心に巣くう闇は漆黒の様に深く濃かった。



【泣き顔に花束】第4話



銀時は高杉を背負ったまま暫し硬直した。
目の前に存在するそれと自分の背中に身体を預けている少年とを照らし合わせることがすぐに出来なかった。
それは銀時の想像の逆をいく、実は貧乏説よりももっとも可能性の高い事実。
眼前にそびえ立つそれが高杉という少年の根底を作り出していた。
洋風の家をモチーフにして作られた極々一般的な作りの家。
しかし、周囲に立ち並ぶ家々と比べるとその存在は大きかった。
決して比喩的な表現ではない。
物理的にその家は大きかった。
よくテレビなどで見る『金持ちの家』があるがそれほどしつこい富豪オーラは出ていないが、名のあるデザイナーが手掛けたのか、それは一つの芸術と呼ぶに相応しい作品だった。
白を基調とした洋館で零れる明かりは人々の疲れを癒す暖かなオレンジ色だ。
しかし、銀時にはその色が酷く熱く、入るものを問答無用で焼き殺す灼熱地獄の入口のように見えた。
動かなくなった銀時を不審に思ったのか、高杉が身じろいだ。



「どうした…?」
「えっ、いや…なんでも…」
「………。あっちに、小口がある。そこから入ろう」



家と同じように白を基調とした塀の一角を指差したところを見れば、普通の家の扉のようなものがちょこんと自らの存在を押し殺すようにして申し訳なさそうに存在していた。
銀時はそちらに身体を向け、異世界へとその身を投じた。








中の広さもまた、銀時の想像を遥かに越えたものだった。
当然のように吊されているシャンデリアに当然のように飾られた絵画達。
そして当然のように現れたメイド服の女性に銀時は言葉をなくして立ち尽くした。
メイド服の女性は背負われて帰ってきた主の息子に血相をかいた様子で近寄ってきた。



「しっ晋助坊ちゃん!?いかがなさいましたっ?まさかお怪我を!?」
「心配ないから…ちょっと体調が悪くて先輩に送ってもらったんです」
「お医者様!今すぐ呼びますからッ!」
「大丈夫。…今日は部屋でゆっくり休むから医者はいらないよ。あ…あとでこの人にご飯持ってきてあげて下さい。その…お世話になったので…」



アワアワと落ち着きのないメイドに対し、高杉は普段とは全く違う口調で冷静に対応している。
そんな子息の様子に漸く落ち着いたのか、メイドは綺麗な顔にほんの少しの微笑を加え、お辞儀をした。



「了解いたしました。他にご所望のものは?」
「取り敢えずそれだけをお願いします」
「畏まりました。何かございましたらお呼び下さい」



そういってもう一度お辞儀をするとメイドは奥へと引っ込んでいった。
背中でため息が聞こえ、銀時は小さく身体を揺する。



「なぁ、お前家じゃあいつもあんな感じなのか?えらく学校での態度と違うじゃねぇか」
「……うるせぇ。だから送ってほしくなかったんだ」



ぎゅ、と首に回された腕に力が篭る。
不機嫌の表れなのだろうか、銀時はなるほど家よりも自分の態度を見られたくなかったのか、と家まで送るといった時の高杉の態度を思い出して少し笑った。
そうすればしがみつく程度に絡められていた腕に更に力が加えられ、銀時を落とすように固定される。
銀時は慌てて高杉の細い腕を軽く何度かタップして助けを請う。



「ストップストップ!ごめんなさいッ!許して高杉君ッ!」
「……、部屋あっち。早く連れてけ」
「了解でーす…」



すんなり腕の力を緩め、流れるような動きで行き先を示す。
銀時は緩く返事をしてそちらへと歩きだした。
高杉の行動は度を過ぎて過激、とまでは行かない。
いつだって呼び出すのは決まって昼休みだけで放課後も大体は途中まで荷物持ちに付き合わされるだけであとは帰される。昼食代も実は前もって渡されていたわけで、銀時の負担になることは一度もなかった。
ただ、パシられているという行為だけで負担だと感じていただけだった。
それを思うとこの少年はただ、寂しいだけだったのかもしれない。
背中から聞こえてくる人の温もりと心音を意識しながら、人生と同じように長い廊下を歩き続け――



「めっさ長ッ!!この廊下どこまで続いてんのォ!?軽く学校の廊下よりも長いんですけどッ!病院よりも長いんですけどォォォ!!」



あまりにも長い廊下に銀時は叫んだ。
いくら歩けど最果ては見えず、げんなりとうなだれる。



「オイ、へばってんじゃねぇよ。ほら、あそこだよ」
「あーん?どこだよチクショー…」



ブツブツと文句を言いながらも部屋にたどり着いた銀時は扉を開けて呆気に取られた。
玄関や廊下、外装などの豪華さなど知らぬとばかりにその部屋はなんてことないただの部屋だった。その広さを除けば、ではあるが。
ベッドや机が置かれ、壁側に大きな本棚が自らの存在を主張するでもなく、ただ役割だけを果たしていた。
銀時は暫し動きを止めていたが後ろから早く入れ、と声がかかった為、その部屋へと足を踏み入れた。
高杉をベッドへ下ろし、自らは近くにあった椅子に腰を下ろした。
ふぅ、と一息つく銀時に高杉が顔を逸らして口を開いた。






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