Novel

□嘘色涙
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雪降る12月。
クリスマスが終わってもう少しでお正月だというこの日。
この日、僕の透明な冬色が、濁った。

降り積もった雪。
雨が降り地面の足跡が消える頃、僕達は別れたんだ。

―本当は好きなんかじゃ、なかったの

意地っ張りな彼女が鼻を赤くしながら、涙を零しながら僕に言った言葉



―ういろみだ―



『ねぇ、赤城君。私達別れたほうがいいよ』
突然彼女は口を開いた。
確かにここ最近彼女の様子が少し変だった。妙によそよそしいというか、一歩置いているというか。
でもいきなり彼女は何を言い出すんだ。
「え?」
ビックリして素っ頓狂な声を出してしまった。
いくら冬だからってそんな冷たい冗談はやめろよ、なんて毒づいてやる。
勿論ただの冗談だと思ったから。

『冗談なんかじゃないよ』

彼女は真剣な眼差しで僕を見る。
寒さのせいか瞳が少し潤んでいて。
「なんで。」
なんでそんな事。
思ったままの事を言っても
『…わからないの?』
なんて彼女は切なそうに瞼を閉じて、頬に一筋の光を作り出す。
わからないさ。僕が何をしたっていうんだ。

たしかに今まで喧嘩も沢山したし、傷つけたかもしれない。
けど、だけど、それ以上に笑い合ってきたはずだ。
数え切れないくらいのデートとキス。
勿論ベッドの上の関係だって。
星屑の数の位愛してると囁いたし、囁かれた。

だからわからない。
彼女が泣いている理由も、
別れようと言われる理由も。
「…わから、ない」
教えてあげようか、なんて泣きながら悪戯っぽく笑うもんだから、冗談なのか本当なのか。
もう何がなんだかわからない。

『―私ね、本当は好きなんかじゃ、なかったの』

ぽつり、雪が雨に変わってきて。

「嘘だろ」
彼女の思いがけない言葉に僕は呟いた。

―本当は好きなんかじゃ、なかった

彼女の言葉が冬の寒さで冷えた心に突き刺さる。
その言葉が氷柱のように鋭くて、僕はそれ以上の言葉がきけなかった。

好きじゃないのにデートした?
好きじゃないのにキスも、セックスもした?


『愛してる』も、嘘?

愛していたのは、僕だけ…?

冗談だ、嘘に決まってる。だって。本当に愛し合っていたから。
そう、だよな…?
でも、思考がそう働いてはくれなくて。

『私、好きな人が別に居るの。その人と来月、結婚するから。』

追い撃ちのようにくる言葉の波。
混乱する僕を余所に彼女は涙を零しながら続けた

『赤城君とはね、遊びだったの。』

あぁ、そうか。
僕は、遊ばれていたのか。

『結婚する彼ね、お金持ちでね、結婚は私じゃなきゃダメだっていうの。親はもう大賛成で。私そんな人に選ばれて、すごく嬉しいの』
親が大賛成するくらいの彼、か…

正直もうこの話は聞きたくない。
でも、話しを止められないのは彼女が泣いているから。
嬉しいならどうして、泣いてるのか。
どうしてそんな悲しそうなのか。
僕には、わからない。

―ザァッ
雨が強くなる
まるで僕に彼女の話を聞かせないようにしてくれているようで。

『じゃぁ、そういう事だから。』
何故か彼女の瞳は浮かない色で。
まるで、助けて、と言っているようで。


助けて……?


『赤城君とはこれで、さよならね。それじゃ』

彼女が歩き出す。

「待って!」

僕は瞬間的に呼び止めた。
彼女は素直に止まってくれたけれど、なんて言ったらいいのかわからない。

だけど。
「えと、間違ってたら格好悪いんだけど、聞いてくれる?」
彼女は無言のまま。
返事はないけれど、僕は続けた。

「もし、君が結婚したくないのなら、しなければいい……と思う。」
おかしな事を言っているのはわかっている。
「だけど、もしそれも許されないのなら」

「いつでも戻ってきたらいい。僕のところへ」

「あのさ」

「一つだけ聞くよ。本当に僕の事、好きじゃなかった…?」

彼女は肯定もしなければ、否定もしない。
ただ、黙って背を向けているだけで。

「たとえ君が僕の事好きじゃなくても、僕はずっと君の事、好きだから。」

彼女は横顔だけ見せてくれた。


すっかり雪は雨になってしまっていて。
君は空から降る涙に濡れながらアリガトウ、と呟いた。


あの日も雨だった。
初めて出会った、あの日も雨だった。



20090223改
一片一檎
Hitohira Ichigo
*
Afternoon tea





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