ガロファノの花弁

□銀幕準備
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風が吹く屋上。
月光に照らされている可畏は欄干にもたれ掛かりながら、携帯電話を耳に宛てがっていた。

「そうですか・・・完治したとは言え、すぐにお出かけにならないでくださいね?」

「"わかってるよ。心配性すぎると嫌われるよ。カイ"」

軽やかなサロの声。しかしその声の周囲には様々な音が混ざっている。

車のエンジン音。
人々の猥雑なざわめき。
様々な店の曲が混ざり合った不協和音。

室内では聞こえないはずの音。サロは既に屋外に出ているようだ。常人でも分かるような嘘だが、可畏はそれを咎めはしない。

「くれぐれも、お怪我の無いようにしてください」

「"やだなぁ、カイの家にいて怪我なんかしないよぉ。それじゃあね"」

一方的に切られる通話。久々の外の世界で暴れ回るつもりなのだろう。自由を愛する彼のことだ、数週間出られなかった反動だろう。

溜め息をついて携帯電話を懐に戻した。
その時、ある匂いを感じて階段へと振り返った。己の主に酷似した、しかし何処か不快感を持たせる甘い同族の香り。

瞬間、銃声が轟いた。弾丸が可畏の首筋を掠めて虚空へ飛ぶ。

再び静寂が訪れ、可畏はそっと微笑んだ。

「どうかしたの?・・・ルカ君」

銃把を握り締めたルカがこちらを睥睨している。ルカは憤怒した面持ちをしており、銃の照準を可畏の額に移動させた。

「クソ兄貴は何処にいんだよ!」

「・・何の事だか分からないね」

「・・・匂いがすんだよ。アンタからムカつく程くっせぇ匂いが!」

記憶を取り戻すと同時に、ルカはD感染者特有の能力を覚醒させていた。サロと違って周囲の環境に影響を及ぼす程の力はないが、常軌を逸した体を持つことには変わり無い。

「う〜ん・・・彼の香りは甘美だと思うけれど」

諦めて素直に接する。匂いで同族を識別できるようになったルカの記憶を弄ることは無駄だ。ただですら他のDと違って血液感染をした自分だ、何度でも見破られてしまうだろう。

「君が本当に彼の弟だなんて思わなかったよ」

「オレだって思ってなかった。つい最近までな。で、クソ兄貴は何処だって聞いてんだよ」

ルカはいつでも引き金を引ける状態だが、可畏にとってそれは大した脅威ではない。撃たれてもその死は一時的な物だからだ。

「悪いんだけど、僕も今は分からないんだよ。彼はお出かけの真っ最中だからね」

「チッ・・・そうかよ。じゃあ、もう一個質問していいか」

ルカの憤怒の瞳に僅かに困惑の色が浮かぶ。
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