Short Story3

□夕立に誘われて。
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ふと振り返れば、そこには。
優しい眼差しがあった。





猫の形を模した、布製の人形。
彼女を慕う一般隊士からは全く想像がつかないそんな可愛らしいものを求めて、隊舎を出たのは夕暮れ時だった(限られた何人かの隊士は知っているようである)。

そのようなものを売っている店は少ないものの、尸魂界にもそういう場所はちゃんとある。所謂「猫グッズ」にはうるさいほうである二番隊隊長の、中でもお気に入りの穴場。とっておきの場所。

それは瀞霊廷の外れに存在し、あまり客足も少ないような場所。
まあ一般隊士に見られると示しがつかないので、好都合には変わりはないのである。




「黒猫を模した人形、か…」




先程から目を奪われてならないのは、黒猫をモチーフとした小ぶりの人形。




どことなく雰囲気が砕蜂が敬愛してやまない主君に、似ていた。




だからといって直ぐに決めるものではない、と砕蜂は頭を振る。宝物となるたった一つの作品を、このたくさんある中からじっくりと吟味していきたい。今日売り出されているものが全て「あのお方」を思い起こさせるものならば尚更のこと。一時の感情で後悔はしたくない。


このたくさんある黒猫の中で、どれが一番優れているのか。なんとしてでも見つけ出さねばならない…。


砕蜂はいつに無く真剣な面持ちで、同じ黒猫の山を崩しながら一つ一つをじっくり観察していった。仕事時とは違い、少し表情を綻ばせながら。



(一人の少女の顔をしていた)




長い時間を掛けてやっとのことで選び抜いた人形は、最終的にやはり最初に惹かれたものだった。だが砕蜂的には一つ一つをじっくり吟味して決めたことなので、後悔は全くしていない。

むしろ漸く見付けることが出来た素晴らしい名品を前に、喜びの気持ちが溢れる。高揚する気持ちを抑えることが出来なかった。



「これをくれ」

「おお、今日も随分と選んでおりましたなぁ。漸くお捜し物が見つかりで?」

「…ああ。済まぬがいつも通り、」

「はい、承知しておりますよ。丁寧にお包みしますので、少々お待ちを」

「頼む」




初老の店主と軽く会話を済ませてから、いつも通りに外で待たせて貰おうと扉に手をかける──と。


ザーッ。耳障りな音。
容赦なく大地を叩く音雫達。




(……夕立、)




何処までも薄暗く広がる曇天を見て、砕蜂は軽く舌打ちをした。選ぶのに夢中になっている間に、まさかこんな嵐になっていようとは。

夏近くになると夕方からは天候が移ろいやすい。何故気が付かなかったのかと。


傘は持ってはいないが濡れて帰るぐらい訳はない。だがそれはあくまで、"一人だったら"の話だ。




(いくら形を模した人形なのだとしても、夜一様を濡らしてしまう気が引ける)
(どうすれば、)



店の軒先で途方にくれてぼーっと空を仰いでいると、後ろから扉を開く音。



「…お待たせ致しました。どうやら夕立のようなので、いつもより厳重にお包みしておきましたよ」

「ああ、済まぬ」



ポン、と手渡しされたそれをまじまじと眺める。成る程、確かにいつもより厳重だ。これなら雨に濡れる心配はないかもしれない。

ほっと安堵の息を漏らすと、目の前の店主は目を和らげて微笑みを浮かべた。




「それから──酷い雨なので傘をお貸ししようかと思いましたが…どうやらその必用は無かったようで」

「……?」




不思議に思い店主の目線の先を見る。

──其処に居た人物に、思わず人形を落としてしまいそうになってしまった。




「こんばんは、二番隊長さん」

「市、丸…」

「それでは私はこれで…。気を付けてお帰り下さいね」



ふふふと意味深な笑いを零しながらそそくさと店に戻っていく店主に、何故だか猛烈に羞恥心が芽生えた。




「こんなところで会うなんて奇遇やねェ。買い物してはったんですか?」




さも偶然居合わせたかのような演技じみた行動。わざとらしく肩をすくめて、手に持つ紙袋を指差す。それになんだか気恥ずかしくなり、直ぐに踵を返した。




「貴様には関係ない」

「あらら、つれへんなァ…。せっかく困ってる思うて傘持って来たんに」

「………正気か?」

「嘘なんてつかへんよ」

「…貴様は最初から信用してなどいない」

「ホンマ、つれへんなァ」



クスクス。
喉を鳴らして楽しそうに笑う。
この男はいったい何なのだろうか。こちらがどんなに拒絶の言葉をぶつけようと、微動だにしない。それどころか愉しんでいるようにも見えるのだ。




「何故貴様が此処に居る?」

「"誰かがボクを呼んでるような気がしたから"じゃ、駄目ですか?」

「…くだらぬ」

「冗談ちゃうよ?…せやから、」



傘をこちら側まで傾けられる。
思わず、振り向いた。




「二番隊長さんと会えたんや」




それはとても優しく温かな眼差しだった。不覚にも、心地よさを覚えてしまう程に。急速に熱を帯びる身体に違和感を感じながらも、目を反らすことが出来ない。




「…肩が、濡れているぞ」

「ボクは構わへんよ」

「……」





何故だろう。
激しい夕立で寒いくらいなのに。


(──何故こんなにも、)





「…市丸、もう良い」

「…?」

「風邪を引く」




ゆっくりと傾けている傘の位置を元に戻す。

そして自分もそっと、その傘の中に入った。




「……二番隊長さ、」

「狭い傘だが…仕方ない。入らせて貰う」

「…おおきに」




思った以上に恥ずかしい行動を取ってしまった自分自身に、密着してしまう形に、全身が熱くなって思わず黒猫をギュッと抱き締めた。



だけど何故だろう。
自分が折れるしかない、この男を見ていてそう直感してしまった。この男は恐らく絶対に折れないと感じ取ってしまったのだ。





(どうしたのだろうな、私は)
(いつもは折れてやることなどないというのに)





それは黒猫の人形を手に入れた故の機嫌の良さか。
それとも───






(君に逢いに行きたくなったの)




──────
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