Short Story3
□どんなに好きなものよりも
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※夫婦と子
(干柿作るの?)
(あァ、今年も庭にたくさん成ったやろ?)
(やだ、干柿キライ!)
(……)
例え子供の言ったことだとしても、泣きたくなる日もある。
「…ただいま、」
二人が夫婦(めおと)となったのは、一体いつのことだっただろう。死神は人よりも永い時間を生きる為その辺りの感覚が鈍ってきているようで、もうずいぶんと遠い過去のように感じる。
あれからかなりの刻が流れた。
穏やかで、温かい時間が。
惹かれ合い、夫婦となり。
やがて子を生し、二人で育てた。
所帯を持っていつの間にか人並みに落ち着いた生活。温かく穏やかな時間。昔の自分には想像も出来なかったような幸せが、其処にはあった。
「父様おかえりなさい!母様は眠ってる」
「ただいま。…きっと疲れが溜まってたんやね」
「母様がね、今日は父様が任務から帰ってくる日だからってたくさんご馳走を用意してたの」
「あら…それはそれは」
嗚呼、我が家の匂い。全身で我が家の空気を感じてみた。懐かしく、どこか安心する匂いにホッとする。久しぶりだ。漸く帰って来れた。実に一週間ぶりな我が家に、疲れが徐々に癒されていく。
愛娘の言葉の一つ一つ。
そして妻の気遣いに温かい気持ちになって、娘をギュッと抱き締めた。
娘を抱き上げながら食卓に乗せられた様々な料理達に視線を送り、その品数に無理したなァ、と苦笑する。
隣の部屋の長椅子で眠る妻に掛かる布団を掛けなおし、庭へと移動した。
庭先にはこの家に住み始めた時に植えた柿の木。実を付けているところを見ると、必ず秋の訪れを感じるのだ。
「今年ももう柿の季節なんやね」
「いーっぱいなってる!」
「せやね…世話してきた甲斐があったなァ」
クシャクシャと娘の髪を撫でながら鮮やかな色に熟している柿の実を眺め思う。それは遠い遠い昔のこと。いつだったか、幼なじみと二人で食べた干柿。その優しい甘みに、幸せな気分になったことを思い出す。市丸ギンにとって干柿はとても大切で、特別なものだった。いつでもそれは自分に幸福を招いてくれるものだから。
毎年、三番隊隊舎に植えた柿で干柿をたくさんこしらえて周りに配る。今年ももうそんな時期になっていた。みんなに少しだけ、幸せをおすそわけする時期が。
「作ろ」
「え?」
思い立ったら即実行だ。
スッと立ち上がるときょとんとして首を傾げる娘。その可愛らしい行動に思わず頬を緩ませる。
「干柿」
「ほし、がき?」
別に親馬鹿になったつもりはないが、やはり自分の子は可愛いものだ。自分に似た薄い色素の髪を撫でて、本当に素直に育ったなあと思う。その素直さは自分にはないものなので、妻のほうから受け継いだんだろうかなんて考えてみたり。
「干柿作るの?」
おずおずと聞いてくる娘にコクリと頷いて、庭を指差した。
「あァ、今年も庭にたくさん成ったやろ?」
「…やだ、干柿キライ」
「……」
…なんだか涙が出そうになった。
まるで自分が嫌いだと言われたような気分。
「干柿、嫌いやったん?毎年食べてたんに…」
「今日からキライになったの」
「…あァ、そうなん…」
なんだそれは。初耳だ。
ガックリと肩を落とすと当の本人は庭先で楽しそうに遊び始めた。トンボを追い掛けては捕まえようとひたすらに走る子を見て、元気やね…とため息をついてみたり。
さっきまであんなに張り切っていたのになんだかどっと疲れた。今頃になって任務疲れが身体を重たくしてくるし、微かに眠気も感じる。
嗚呼、このまま眠ってしまおうか。
「ギン」
名を、呼ばれた。
それは凛とした、鈴の音のような声。
ゆっくりと声のほうに顔を向けると、其処にはあの頃より長くなった髪をなびかせた愛しい妻の姿。
「帰っていたのか」
「おはよ、起きたんやね」
「…質問に答えろ」
「あァ、ついさっき」
「そうか」とだけ呟き、そっと夫の隣に座った。庭の娘に目を向けながらも、不意に鼻を突く華のような香りに不覚にもドキリとする。
「………」
庭先に視線を送る旦那様。
その何となく寂しそうな背中に気付き、妻はクスリと微笑んだ。
「嫌われたかと思ったか?」
「…」
「自分の娘に」
「…あらら。バレてたんやね、」
「当たり前だ。どれだけ永い付き合いだと思っている」
「やっぱり、お嫁さんにはかなわんなァ」
"お嫁さん"
その単語に恥ずかしさを覚えたのか、ほんのりと紅く色付いた頬。未だに初々しい反応をする妻を見て可愛いとカラカラ笑うと咳払いされた。…怖い。
もう少し素直になっても良いのにとも思うが、ここがお嫁さんの可愛らしいところなのだ。それに本気では怒っていないと知っていたから、余計なことは何も言わずにおいた。
「好き嫌いは良くないことだ…だがあまり強要するのもあまり気持ちの良いものではないぞ」
「…嫌いやないよ、前までちゃんと食べてた」
「今日はずいぶんと意地を張るな?」
「……意地なんか張ってへんよ」
見る見るうちに膨れっ面になる市丸。その姿がまるで幼い子供のようで微笑ましい。小さく笑みを浮かべると、砕蜂は立ち上がった。
そして目線を庭先の娘に移したままに、こう言った。
「干柿も、父親も。どちらも嫌ってはいない」
(漸く任務先から帰って来た父親だ。干柿に構う時間を自分に割いて欲しかったんだろう)
「だからそう落ち込むな、」
「蒼ー!!!」
「……聞いていないな」
全速力で娘へと駆けていく市丸に全くしょうがない旦那だな、と思いながらも、ついつい頬を緩ませてしまうのだった。
どんなに好きなものよりも
(結局は君が好き)
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親馬鹿な市丸さんとそんな旦那を愛しく思う砕蜂の話。
新しい市砕に挑戦したくて夫婦ネタにチャレンジ!(…が、見事に失敗←)