Short Story
□屋上のフェンス
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ただ一つ、違う事があるとすれば
「アイツ」が居た事。
――放課後。
退屈な担任のホームルームも終わりを告げ、各々が帰宅や部活の準備を始めている様子を見ながら、沖田は欠伸をした。
特に今日の銀八の話は意味がなかった気がする。明日の調理実習で作るパフェの話だ。
パフェは銀八の好物である為奴もかなり気合いが入っているからだろうが、クリームとのバランスが大事だの、駅前の店のパフェは美味いだのを長々と語らなくても…と思う。
(…面倒な事にならなきゃ良いけどな)
いつものように土方の携帯から出会い系サイトにアクセスしつつふと隣を見ると、にっくき留学生がヨダレを垂らして爆睡していて。
ぐるぐる眼鏡の彼女に悪戯心が働いたのは、言うまでもない。キュポ、と軽い音をたてたのは、マジックペン。
沖田は涼しい表情でそれを彼女の額に押し付け、ぐりぐりと何かを書きなぐった。
『…キン肉ウーマンの出来上がりでィ』
見事に額の真ん中に「肉」の字。満足そうにそう呟くと、帰ろうと鞄に手を掛けた……が。
『あ、そうそう。先生から大事な話あるから職員室来い』
天パの担任に声を掛けられ、その手はだらしなく宙を切った。
* * * * *
説教でもされるのかと思ったが、話の内容は本当にたいした事のない話で、奴にとってはとても大事な話だった。
『明日の調理実習の買い出し頼むわ。材料費は渡すから』
『先生、なんで俺なのか理由が解りません』
『さっきの俺の話を1番怠そうに聞いてたからだ』
先程の会話が頭を過ぎり、職員室の扉を閉めて思わずため息。
完全に図星だ。こういう時洞察力が鋭い担任には、やはり敵わないらしい。
(土方のヤローでも使ってぱっぱと済ませちまうか)
そんな事を考えながらもくるりと方向転換し、足が向かうのは階段。
さっき職員室から見えた橙色が、今日はとても鮮やかで綺麗に見えたから。
屋上から見れば、もっと綺麗に見えるかもしれない。
えらく理不尽な担任の要求に軽く苛立ちを覚えた気分を転換するには絶好の場所だろう。
すこし高揚する気持ちを感じながら、沖田は上へと続く階段を上って行った。
* * * * * *
『…げっ』
『…チャイナ』
橙色の光が扉の向こう側まで漏れていて。
扉を開けた途端に視界いっぱいに橙色が広がる。
眩しい程の光に目を細めながら前方の人影に目を懲らすと、先程沖田の手で「超人」へと変貌した少女の姿があった。
神楽の姿を確認すると沖田は不敵に微笑み、静かに少女の隣に移動した。
少女は前方の夕日を眺めたまま、特に嫌がる事もなくそれを受け入れる。
『何やってるんでさァ?』
『…別に。お前には関係ないネ』
なんでィつれねェなァ、と神楽から目を離し夕日を眺める。
何故だろう、今日の夕日は普段より何倍も綺麗で。
ずっと眺めていたいと、思った。
『お前こそどうしたネ。もう放課後アルよ?』
『俺は銀八に呼ばれてその帰りにちょっと寄っただけでィ』
『説教されたカ?遂に年貢の納め時アルな』
(…どこでそんな言葉覚えたんだ)
『…そんなんじゃねェよ。調理実習の買い出しにクラス一センスが良い俺が選ばれたんでィ』
パシリじゃねェかヨ、とからかうように笑う奴にちょっぴり殺意。
…と、ここで沖田は気付いた。彼女の額にまだアレがある事を。
――まだ書いてある…
ちょうどあの字は前髪に隠れていて、本人は気付いてないようだ。
爆笑の渦に飲み込まれそうになりつつ、なんとか平静を装って未だに笑っている神楽の額を軽く小突く。
『むおっ!!』
『クラス一センスのねェ奴がよく言うぜィ。テメェはコレがお似合いでさァ』
痛みに額を押さえている彼女に近付き前髪を上げると、そこにはやはりハッキリと「肉」の字が。
ついに我慢出来ずに沖田は小さく吹き出した。
『私はセンス抜群ヨ!!……なっ、何がおかしいアルか!!』
沖田が笑っている意味が解らず、だが自分の事で笑われているのは確かで。
神楽は不機嫌そうに顔を歪める。
笑い過ぎて涙目と軽い呼吸困難になり、まだ少し笑いを引きずりながらも言葉を続けた。
『なんでもねェよ。それより…』
『意味解んねェヨ』
『オイ、人の話は最後まで聞け』
あれだけ爆笑しておいて、「なんでもない」はないだろう、そうは思ったものの。
そう言う沖田の顔は今までにないくらい優しく見えて、不覚にも心臓が跳ねた。
頬に熱が宿るのを感じ、思わず顔を伏せて目を反らす。
そのまま熱を冷ます為にフェンスに上って身を乗り出した。
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