Short Story
□ホッカイロ
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ふわり、ふわり
空から零れる粉砂糖
『はっくしゅん!』
盛大にくしゃみをして、マフラーを整える。
今日は一段と冷え込んだ日で。
でもこれから、夕飯のおかずを買いに行かなくてはならないのだ。
『今日は何にしようかな…』
靴を履き、爪先をぶつけながら考えるは、自分の思う美味しい料理達。
想像するだけでわくわくする。
『よし!レッツゴー!』
今日は寒いから、帰りに肉まんを買って帰ろう。
織姫は楽しそうに笑いながら、思い切り地面を蹴った。
* * * * * *
『わぁ…』
商店街をぐるりと回って、色んな物に目移りして。
珍しい物を見つけたり、可愛い物に癒されたり。
季節ごとに変わる景色に、そっと目を閉じる。
きっとこういう何気ない出来事が、幸せという事。
そして―――
『井上?』
『…!』
大好きな人に会える事も。
『く、黒崎くんっ!?』
『おう、今日も元気そうだな…何やってんだ?』
『えへへ…ちょっと夕飯の買い出しに。黒崎くんは?』
『ああ、俺は遊子に頼まれてな』
そう言って苦笑する一護に、織姫は頬を緩ませる。
(優しいなぁ…黒崎くん)
なんだかんだ言いながらも買い出しに行く姿が目に浮かぶ。
微笑ましく思いながら頬を緩ませていると、彼は「?」と困ったように笑った。
『どうした?』
『ううん、なんでもない』
それよりスーパーに行かないとね!と意気込む織姫を見て、一護は同じ用だし一緒に行かねぇか?と提案。
『えっ…?』
予想外の言葉に、頬を赤らめて一瞬硬直。
『嫌なら別に…』
『い、嫌じゃないよ!!』
凄い勢いで返答が返ってきた事に驚いたのか、目を見開いた。
『そ、そうか…』
(変な誤解されちゃったかも…恥ずかしいなぁ…どうしよう)
そんな考えを知ってか知らずか、前を歩く一護はどんどん進んでいく。
『どうしたんだよ?早く行こうぜ』
こちらに振り向いた彼に、「うん!」と微笑んで走り出した。
* * * * *
『たくさん買っちゃったねー!』
笑顔でそう言う織姫の手には、スーパーの袋が一つ。
『そうだな…てか井上、お前一体何作る気なんだ?』
…袋の中身にはあえて触れないでおくが。
冷静に突っ込みを入れつつ隣で歩く一護に、織姫はえっと…と何故か照れたように笑った。
『なんでそこで照れんだ?』
『あはは…』
照れ笑いする織姫に一護は「?」を頭上に増やし、釣られて苦笑い。屈託のない笑顔に、流石の一護も敵わねェな…と溜息。
『今日は有難う!黒崎くんのおかげで楽しかったよ』
その言葉にふと我に帰る。気が付けば、いつもの分かれ道。
『あァ、別に大した事じゃねーよ。俺のほうこそ付き合わせて悪かったな』
『ううん、そんな事ない…』
別れの言葉を紡いだ時、急に湧いた感情。
どうしてなんだろう。
いつもの分かれ道なのに今日は凄く寂しくて。
会話を終わらせるのが、勿体なくて。
『…井上?』
私今、どんな顔してる?
本当の気持ちはそっと心の奥へ。
だってこんな事を言っても困らせるだけ。
『井上、大丈夫か?』
『えっ!?あ、なんでもないなんでもない!!ごめんね黒崎く…』
くしゅん!!
好きな人の前での盛大なくしゃみ。かなり恥ずかしくて顔が赤く染まる。
だが彼はあまり気にしていないようで、事もなげに聞いてきた。
『…井上風邪か?』
『ち、違うの!!ホラ、今日は寒いから…』
『あァ、』
そうだな…と空を見上げて白い息を一つ。どんよりとした灰色が目に映る。
『…雪でも降るんじゃねーか?』
『うん…!!だと良いね…じゃあ、私はこれで…』
一瞬だった。
またね、と呟こうとして振り向いた時、腕をガシッと掴まれて。
あっという間に向き直され、目に入るのは茶色の綺麗な瞳。
『く、黒崎くんっ!?』
『馬鹿野郎、震えてるじゃねーか。風邪引くぞ』
風邪は引き始めが肝心って知らねェのか?と言うその声は優しくて。
『とりあえず羽織ってろ』
一回り大きな上着を肩に掛けられた時、心臓の音がうるさくて仕方なかった。
『で、でも…』
『良いから。着てろって』
ほのかに体温が残る上着にそっと袖を通すと、なんだか心まで温かくなって。
『あ、有難う…』
『おう。…早く行こうぜ』
『…えっ…?』
驚いて顔を上げれば、自宅とは反対方向に歩き出す大きな背中。
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