Short Story

□線香花火
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ちりちりちり


儚く消えゆく小さな灯火






『…線香花火?』



『うん、そう』




余ってたからね、と楽しげに揺れる瞳に思わず頬を緩める。



『久しぶりだね…花火なんて』



そう言って優しく微笑む姿を見て、ほんの数分前のことを思い出す。



任務から帰ってきて、真っ先に温かい笑顔でおかえりと言ってくれた。



そしてついさっき。
皆が寝静まった深夜に中々寝付けなかった自分を訪ねて来た彼が、まるで子供のようにキラキラとした目で持って来た花火。



ちょっと外に出れるかい?と言った顔があまりにも楽しそうで。


恐らく仕事を抜け出したであろう兄を注意する言葉は口にする前に消え、それよりも先に笑ってしまったのを覚えている。





『…兄さん、』



『ん?』




仕事は良いの?と続けると、彼は口に人差し指を当てて「リーバー班長には内緒だよ」と悪戯っ子のように笑った。




(―――兄さん、)




でも私は、




兄さんが仕事を抜け出したのは、嫌になったからじゃないという事を知っている。




『綺麗…』



『そうだね。…じゃあ僕もやろうかな』



そう言って燈した火が、


それによってキラキラと光り始める花火が、


瞳にゆらゆらと揺れて綺麗だ。



『こんな夜中に付き合わせちゃってごめんね…眠いでしょ?』


『ううん、大丈夫。なんだか寝付けなかったから…』


『…そっか』



兄は今日の任務で自分が心を痛めたことを、きっと理解している。
本当は寝付けないだろうという事を解って、訪ねて来てくれたのだろう。

エクソシストという立場に居て、戦争の最前線で戦っている以上、苦しみや悲しみを抱えない戦いはまずないけれど。


何も言わずに側に居てくれる、そんな兄の優しさが本当に嬉しかった。




『―――あ、』



夢のような時間はすぐに終わってしまうもの。



そう告げられたように、線香花火の火が落ちた。



あれだけ明るかった場所なのに、暗闇と深夜故の静寂をすぐに取り戻してしまう。




『ねぇ、兄さん』



『…ん?』




小さくて儚くて、まるで人の一生を思わせるようで…胸がギュっと締め付けられた。




『…儚いね…』



今まで出逢った人達のもう二度と見ることのない失われた笑顔と、重なって見えた。



『…うん』




切なくなって思わず目を伏せる。



ああ、何を悲しんでるの?




兄さんは私を元気づける為に花火に誘ってくれたのに。





『…でも、』





頭にポンと置かれ、優しく髪を梳いてくれる大きな手。そして上からは、痛い程に優しい声が響く。





『花火がそこにあったという事は、一生リナリーの心に残るでしょう?』




その声にハッと顔を上げる。
そこには、いつもの暖かな笑顔があった。





『そこに存在したという事を忘れないなら、それはずっと心の中にある。…だからね、』





儚いって事は、僕は悪い事だけじゃないと思うんだ。





『儚いからこそ綺麗で、儚いからこそそれは大切』



『兄さん…』



『僕は、この儚さが好きだな』




その言葉にスーッと心の重みや痛みが和らいでいくようで。



いつの間にか零れ落ちた涙が、ポツリポツリと地面を濡らす。



『リ、リナリー!?』




泣いてしまった私を見て、兄さんが困ったように慌てる様子にクスリと笑ってしまった。




違うの、兄さん。



この涙はきっと悲しみじゃない。



心がざわついて、さっきまで寝付けそうになかったのに



『…ありがとう、兄さん』



今は不思議と落ち着いている。大丈夫そうな様子に気付いたのか、兄は柔らかく微笑んだ。



『よかった』




おやすみの言葉を交わしたら、そのまま。



今ならよく眠れそうな気がするよ。






線香花火
(安心しておやすみ、)





〜Fin〜

 

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