Short Story

□与えてくれたのは、
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風の音と共に、誰かが自分を呼んでいるような声。




その声は遠く、だが徐々に近付いて来るように。




まだ夢の中のようにフワフワした意識が、少しずつ鮮明になってくる。







『…蜂…砕蜂!』



『は、はい!』





突然頭上から降り注いだ声に思わず飛び起きる。



ゆっくりと視線を上に上げると、困ったような、悪戯っ子のような、なんとも器用な笑みを浮かべた主の姿。




辺りを見回すとそこは草原で。どうやら任務終了後、そのまま倒れるように眠ってしまったようだ。



『こんなところに居ったのか…心配したぞ、砕蜂』



『も、申し訳ございません夜一様!』



『良い、お主も疲れておったんじゃろう』




そう笑ってグシャグシャと頭を撫でられ、思わずはにかんでしまう。




その瞬間が、その手が、大好きだった。




頭を撫でる彼女の手には、いつも温かな何かを感じる。




そう、その手はいつも優しい。




だからどんなに苦しい事があっても、すぐ忘れる事が出来る。





『…砕蜂』




夜一は少女の隣に座ると、顔を覗き込む。




顔が近い為か、ほんのりと頬を赤く染めてはにかむ砕蜂の様子を眺めながら夜一は少しだけ、口元を緩めた。




『明日は何の日か、知っておるか?』



『…え?』




随分と唐突な質問だ。キョトンとする砕蜂に苦笑しながら、空を見上げる。




『明日は砕蜂…お主の誕生日じゃろう。…違うか?』







"誕生日"



その言葉を、忘れかけていた。



そんなもの、生まれてからずっと気にした事はなかったから。




いつ命を落とすか解らない刑軍に所属している砕蜂にとって、生まれた日などは特に気にする必要もなく。




『…わ、忘れておりました』



『…じゃろうな』





叱られるのを覚悟し身を縮めたところに降ってきた声は、予想と違う静かな笑い声。
…思わず全身から力が抜ける。




『…ん?ああ、済まぬな砕蜂…何も儂は怒ってはおらぬ』



その様子に気付いたのか、苦笑して頭をポンポンと叩いた。




『明日は特に任務も入っておらぬようじゃからの…お主に1日休みを取らせる。よいな?』




『夜一…様?』




何かに怯えたように確認する物言いに、目を細める。




『最近疲労が溜まっておるじゃろう?』




『そ、そんなことは…』




その続きを紡ぐハズの口は、そっと指で塞がれる。




驚いて思わず身を固く縮ませると、主は困ったように笑った。





『お主は無理をしていても気付かぬからのう…』





優しい声色に、涙が出そうになるのをグッと堪える。
そして口を固くギュッと結び下を向いたまま、ポツリと呟いた。






『…ですが、』



『んん…?』






刑軍としての真面目な自分自身が、それを決して許しはしなかった。




これから吐き出そうとしている言葉は、きっと主を軽蔑させる。





ボロボロに疲れ果て命尽きたとしても




それでも、




夜一の為に生きている砕蜂にとっては、幸せなことだった。





『明日は、ただ自分が生まれた日に過ぎません…』




そう、誕生日など。
その日に偶然生まれ堕ちただけ。



主の為ならいつでも命を投げ出す覚悟をしている自分に、生まれた日は関係ない。





『――…そうか』




『お気遣い、有難うございます』





その場の空気がいつもより重い。




"軽蔑された"
そう考えるだけで、全身から血の気が引いていく。





『…砕蜂』





そして、その重い沈黙を破ったのは夜一だった。




ハッと顔を上げると、そこには悲しみが見え隠れしたような、難しい表情を浮かべた夜一。






『…お主は疲労で命を落としても良いのか?』






その瞳と声は真剣さを映し、同時に怒りと悲しみの色をも見せた。





目を反らすことが、出来ない。






『私は…夜一様の手足となれれば幸せなのです。自分自身の為に休息を貰う訳にはいきません…いつも夜一様のお側に仕え、お護りすることが出来なければ…!』





そう、貴女が私の存在理由なのだから。
それが出来なければ、私は―――





『夜一様、貴女の為なら私は…』





"いつ命を失っても、構わない"





『儂の為ならいつ命を落としても良いのか』





その声色に、ぞくりと背筋が凍った。
こんなに冷たい声を、今まで聞いたことはなかったから。








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