Short Story
□敵に塩
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『コムイ、』
『あっ、バクちゃん!よく来たねぇ〜』
今日は大切な会議がある日。
そんなこんなで普段はあまり来る機会のない教団本部に足を踏み入れている。
リナリーさんに会えるのは大変嬉しい事だが、問題はコイツ。
あんまり入りたくなかった部屋、指令室に入室したらこれだ。
まったくいつになったら直るんだその呼び方は!癇に触ってしょうがない。
お前なんぞにちゃん付けされる筋合いはないぞ!
『…アレ?また髪が薄くなってない?ストレス?』
『………』
コイツは人を怒らせる天才じゃなかろうか。
何度も言うように、俺様の髪は薄いんじゃなくて髪が細くて繊細なだけ。今の発言だけで恐らく青筋が何本も増えた。
だがあえてそれを言わない(何故なら僕は心が寛大な大人だから。そういう奴はそれを表には出さないものだ)。
なんとか怒りを鎮め、来る度に毎回気になる事を聞いてみる。
『みんな元気にしてるか?』
『…ん、ああ…』
何かあるとそうやって言葉を濁す。本当に解りやすいヤツだ。
『元気だよ。みんな頑張ってる』
『…そうか』
奴は嘘を付くのが下手だが、ここは気付かないフリをして事もなげにそう返してやる。
隠すという事は、気付かれたくないという事だから(ああ僕は精神的に大人だな。やはりコイツより室長になるのはこの僕が相応しい)。
『バクちゃんは?やっぱり大変でしょ』
ヘラヘラ笑うその態度に若干苛立ちを覚えるが、ふと気付く。奴の目の下には、隈。
考えるより先に体が動く、とは正にこのことだろうか。
『…少し休んだほうが良いんじゃないのか』
沈黙。
無意識のうちに口から勝手に出てしまった言葉がこれだ。自分自身でも驚いているに決まっている。まさか奴を気遣うような事を自ら言ってしまうとは!
慌てて訂正しようとしたがもう遅い。案の定奴は目を見開いて黙ったまま。
ああこの沈黙が気まずい!誤解するなよコムイ!これは貴様を気遣った訳ではなく無意識に口から……
『…みんな、僕なんかよりもっと頑張ってるから』
『は?』
暫く黙り込んだかと思えば何を言いだすんだこの男は。驚いてつい間の抜けた声が口から飛び出したじゃないか!
『だから室長が弱音なんか吐けないし、まだ休む訳にはいかない』
『……』
言っている事は普通に考えれば立派な事だ。だが疲れでどこかおかしくなったのかもしれない。
明らかにいつもの貴様らしくない考え方だ!
そんな事を言ってみろ、リナリーさんが悲しむぞ!?
もしくは本気でそんな事を言っているのか。…だとしたら本気で呆れた。
コイツは本当に室長なんだろうか。…いや、だからこそ僕が室長に相応しいという事になるが…今はそんな事より。
子供のような事を言う奴に、喝を入れてやらねば。
『室長だからこそ、だろう』
『…え?』
貴様の弱音を無理矢理聞こうだなんて思わないし、僕に弱音は言う必要もない。だが…
『室長だからこそ、指揮官であるお前にもしもの事があればみんな迷惑するんだ』
認めたくはないが、奴にそれほどの実力がある事を知っている。
それに仲間からの信頼が厚い事も。
不本意だが、僕だって信頼してるんだ。
だから、
『少しは休め。これはアジア支部長バク・チャンからの命令だ』
『…め、命令って、』
『うるさい。貴様に拒否権はない!』
『…はは、そういう目茶苦茶な事言うの相変わらずだね』
そう呆れたように弱々しく笑いながらも(呆れたいのはこっちだ!)、向ける顔は先程よりは表情が明るく柔らかい。
…フン、少しは肩の荷が降りたか。
『でも…そうだね、バクちゃんの言う通りだ』
『………』
『大事な事、忘れかけてたよ。…ありがとう』
『…解れば良い』
本当に寛大な心の持ち主だな、僕は。我ながら感心する(言っておくが僕はナルシストではない!)
リナリーさんの事にしても室長の件にしても、奴とはいわばライバル(どちらかと言えば敵だが)な訳で。
そんなハズの奴をあろうことか励ましてしまうとは(感謝しろよ、コムイ)。
だが、
敵に塩!
(たまにはこういうのも悪くはない)
Fin