頂き物・捧げ物等
□夕暮れハッピーソング
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「今回の出張はかなり長かったが…あと一週間を切った。もう少しすりゃ、毎日嫌でもゴリラに会えるぜ」
「あら、ゴリラなら動物園に行けばいつでも会えますよ?」
「…は、違いねェ」
違いない、と。
そう返したくせに、"心配しなくてもうちの大将は元気に帰って来る"なんてサラリと彼は言ってのけた。
呆気に取られているとあの人の大切な仲間であり友人である黒髪の男はくるりと方向転換して元来た道へ。
父の友達だと気付いた息子は「トシ兄ちゃん!」と彼に駆け寄って、駆け寄って来た子の髪をワシャワシャと数回掻き回した後、何かを思い出したかのようにくるりとこちらに振り向いた。
「アンタは我慢し過ぎだって総悟もぼやいてたぜ」
…なんて人。
大将がお人好しなら、部下もみんなそうなのね。
そのまま何事もなかったように仕事へと戻っていく背中を見ながら、ほんわりと胸が温かくなって。
ほんの少しだけ、視界がジワリと歪んだ。
(ありがとう…)
また心配そうに駆け寄って来た優しい息子を抱き締めて、それが零れてしまわないようにギュッと目を閉じた。
* * * * *
「ははうえ、」
「…ん、」
ふと気がつくと、辺りは夕暮れ。どうやら、あの後眠ってしまったようだ。
少し肌寒くなったオレンジ色の空。すっかり低くなった太陽に、少し冷えた空気に、徐々に夢から現実へと引き戻されていく。
「ごめんなさい、寝ちゃってたみたいね…起こしてくれてもよかったのに」
そう言って柔らかく微笑むと、我が子の橙色に染まった頬にそっと触れてみる。
それはほんのりと、指先を温めて。
「ううん。母上、幸せそうに寝てたから…」
その言葉に、思い出した事があった。
(なんだか、とても優しい夢を見ていた気がする)
愛しい笑顔
優しくて温かい声
とびきり優しい表情で、私を呼ぶ。
愛しくて 愛しくて、胸がつまりそうで
苦しいぐらい幸せで。
「お妙」
突然降ってきた声。
ああ、私まだ夢の中に居るのかしら。
───愛しい笑顔。優しくて温かい声。
とびきり優しい表情で私を呼ぶ。
愛しくて、愛しくて、胸がつまりそうで。
苦しいぐらい幸せで。
「ただいま」
段々と近付いてくる足音、徐々にハッキリしてくる姿。
(夢じゃ、ない…?)
淡い橙色の中から現れたのは、優しい笑顔を浮かべた私の愛しい人。
そう気がつけば早いもので、無意識のうちに駆け出していた(向こうから息子の父上だと言う声と走ってくる音がしたが、もう耳には入らなかった)
今日まで止まっていたのかと思う程に激しく高鳴る心音。
それに促されるように、それに合わせるように
走る 走る
ただひたすらに走って、そして。
その先には大好きな温もり。
嬉しいのか悲しいのか、自分でもよく気持ちが解らない。様々な感情がごちゃまぜになって、お妙の瞳から溢れては消えた。
(ただ、貴方の帰りを待ってた)
近藤は優しくて指で彼女の涙を拭うと、困ったように笑った。
「あと一週間は帰れないハズじゃなかったの…?」
「ごめん。寂しい思いして欲しくなくて、二人の事仕事中ずっと考えてた。それで出張を早めに切り上げるように頑張ってた。…恋しくて一週間も早く帰って来ちゃったよ」
「…バカ」
「…ごめん」
あまりに情けない気弱な顔で謝るものだから、おかしくておかしくて。涙を流していた事も忘れてついつい笑ってしまう。
それをポカンと見つめていた近藤も釣られて笑って。顔を見合わせて微笑んで、思い切りあの人に抱き付いてやった。
予想通り一瞬身体が硬直したものの、ゆっくりと抱き締め返してくれた(相変わらずのヘタレだわ)
実はまあそんなところも好きなんだけれど(本人には絶対言わないが)
「あー!ラブラブだー!」
息子の声にハッとする。見ると、意味ありげにニマニマと笑顔を浮かべていて。ラブラブかなぁ〜なんて上機嫌でデレデレと息子を見つめたゴリラを殴っておいた。
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