頂き物・捧げ物等
□唐辛子パニック!
1ページ/9ページ
ゆっくりと、その男は呟いた。
「…よく来たじゃねーか」
揺れる黒い髪、そこから覗く白い包帯。数多の蝶が優雅に飛ぶ緋色の着物。細長い煙管からたなびく紫煙はどこか不吉で、この男の凶々しさを如実に表していた。
蘇るのは様々な戦場。
背中を預け合い共に戦った日々は色褪せねど――もはやこの男を、『戦友』などと呼べるはずがなかった。
ただ全てを壊すことにのみ力を注ぐ、その男の名は。
「―――高杉」
それは銀時と桂が、強い覚悟を以て対峙することを決めた相手。
『次会った時は仲間もクソも関係ねェ!全力で…てめーをぶった斬る!』
――そして『その時』は、来た。
「久しぶりだなァ、銀時、ヅラぁ」
ククッと笑みを漏らして、かつて盟友だった宿敵は――振り返った。
***
『侍の国』
彼らの国がそう呼ばれていたのは、今は昔の話。
始まりはそう、ある一組の男女が、長い長い年月を経てようやくゴールインしたことからだった。
今や『真選組』と呼ばれる、幕府お抱えの武装警察の副長を務める夫の為。そしてまた、夫と共に戦う最愛の弟や昔馴染みの
友人、その仲間達の為。
新婦沖田ミツバは、住み慣れた家を離れ、真撰組屯所に女将として住まうことになった。
「晩御飯が出来ましたよ〜」
男所帯の真撰組内での貴重な女手として、彼女は隊士の為に食事を作る。
江戸の平和を守る彼らにとって、栄養満点のあたたかい食事は何よりも嬉しいものになるはずだった。
そう、なるはず、だった。
「いっぱい食べてくださいね」
にこやかに彼女が差し出す器の中身は、真っ赤。上から見ても横から見ても、どこまでもその色は変わらない。唯一コップに注がれた水だけが、爽やかな色をして佇んでいた。
そう、彼女は『超』が何個ついても足りないくらいの、ド級の辛党だったのだ。
「…あの〜女将、せっかくなんですがコレ…」
「わぁ〜めちゃめちゃおいしそうでさァ」
割り込んできたのは彼女の弟にして、真撰組の一番隊隊長。江戸内屈指のサディストとはこの人のことである。
そう、料理のあまりの赤さを見て、辞退しようとする隊士がいなかったわけではなかった。いなかったわけではなかったが、それらは女将の耳に届く前に、悉く阻止されたのである。
この一番隊隊長と、泣く子も黙
る鬼の副長という、真撰組トップクラスの権威を持つ二人の男によって。
「今日はシチューですかィ?姉上はレパートリーが多いから毎日楽しみでさァ」
「まぁそーちゃん。ありがとう、喜んで食べてくれる人がいると作りがいがあるわ」
「毎日すまねぇな、ミツバ。…旨そうなビーフシチューじゃねーか」
「嫌ですねィ土方さん。コレはビーフシチューじゃなくてクリームシチューでさァ。見てわからねーんですかィ?」
「あらだめよ、そーちゃん。そんな言い方したら十四郎さんが傷付くわ」
「…いや、ミツバ。俺が悪かった。いい色のクリームシチューだ」
「ふふ、ありがとうございます。おかわりたくさんありますからね」
一見和やかな会話だが騙されてはならない。眼前のシチューの色は紛れも無い赤だ。せめてビーフシチューだと思っていたかった、隊士一同の嘆きは女将には届かない。
「なにボサッとしてんだ、てめーら。早く食わねぇとせっかくのメシが冷めるだろーが」
それは究極の選抜だった。食えば死ぬ。食わねば殺される。
だが隊士達は選んだ。
どうせ死ぬのなら、せめてこの美しい女将の笑顔を曇らせたくはない…と。
「…米粒ひとつでも残したらどうなるかわかってんだろうなァ」
ボソッと呟かれた隊長の一言が聞こえなかった者はいない。女将は変わらずにこにこと笑っていたが、そこには何か言葉に出来ない気迫があった。
隊士達は、たらこ唇になる運命を受け入れた。
それからである。
彼ら『武装警察真撰組』が、『たらこ唇真撰組』と呼ばれるようになったのは。
「あ、タラコ警察だ〜」
「あの、一緒に写真撮ってもらってもいいですか?」
「今日も素敵な唇ですね」
チンピラ警察からタラコ警察へと転身した真撰組は、意外にも市民の人気を獲得した。
これまでは物騒な組織として遠巻きにされていた彼らが、親しみを持って話し掛けられるまでに到ったのである。
そしてそんな『江戸のおまわりさん』の表層の下で辛さに堪え続けている真撰組隊士達は、腫れ上がった唇のまま甘味処へ駆け込む日々が続くことになった。
「最近甘味を嗜む男性が急増しているとのことですが、今日はその実態を探ってみようと思います。リポーターは私、花野がお送りします」
ガラガラと店の扉が開けられ、カメラが入ってくる。
.