頂き物・捧げ物等

□机上のマトリョーシカ
2ページ/3ページ



ふん!と鼻息も荒いままに神楽は左手を差し出す。その間もまるで雷様が降臨したかのような凄まじい腹の音が鳴っていた。
しかし沖田は、ふいとまた神楽から視線を外してきっぱりと言い放つ。


「やだね」


ふてぶてしい態度の沖田に、神楽はぷつんと血管が切れそうになった。

なんて不遜な男!

この場合、もともとの原因である自分の早弁を棚に上げて、人がくれたものにけちをつけている神楽のほうがよっぽど不遜だったが──食べ物にかける執念からか、神楽にはもはや沖田が諸悪の根源のように思えてならなかった。



「やだねじゃねーヨ!私のほうがやだねネ!チクショー自分だけおいしそうに飴玉頬張りやがってェ!!」

「言い掛かりでさァ。俺が買った飴なんだから俺が食っても文句言われる筋合いはねーだろィ」

「空腹の私に見せ付けるような食べ方が気に入らないアル!他人にくれてやるつもりがないならコッソリ食べるくらいの気遣いしたらどうアルか!!」

「別にやらねーなんて言ってねーだろィ。現に一個テメーに恵んでやっただろーが」

「アレを一個とカウントするアルか!このろくでなし!!」

「そーいう暴言は包みを最後ま
で開けてから言えよクソチャイナ」


がたんと椅子から立ち上がって、沖田は不機嫌そうに飴がたくさん入った袋を引っ掴んだ。それを神楽の机の上で逆さにする。ばらばらと、色とりどりの小さな飴の包みが机上に散らばった。


「そんなに食いたきゃ食いなせェ。テメーに全部くれてやらァ。これで満足かィ、大食いチャイナ」


言うだけ言うと、沖田は再びどかりと椅子に座った。感情の見えない無表情から、しかし沖田が苛立っていることが伝わってくる。


(なんでコイツが怒ってるアルか!)


どうにも腑に落ちなくて、神楽はむっとする。
意地悪されたのは私なのに。これじゃどっちが悪者だかわからないではないか。

やけくそになりきれないからか、何となく机の上の飴に手がつけられなくて──仕方なしに掌の中で握り締めたままになっていた、最初の飴の包みを眺める。


(…こんな悪戯するほうが悪いのヨ!)


渦巻く感情を持て余して、神楽は包みの両端を引っ張る。するとやはり、中にはまた違う包みが入っていた。


(…それにしても暇な奴ネ。こんなの時間もかかって面倒なだけなのに)


ぶつくさと心の中で唱えながら、さっき出て来た包みの両端をまた引っ張る
すると再び、中には新たな包み。

むしょうにイラッとして、神楽はまた出てきた包みを開けた。中には包み。勢いに任せてまた開ける。やっぱり中には包み。

何度か繰り返して、ようやく。包みでないものが顔を出した。

ころり。転がったのは小さなピンクの、


「こんぺいとう…?」


思わず呟いた声に、左隣で沖田が微かに反応した。しかし視線は神楽のほうには向けて来ない。横顔がまだ不機嫌そうである。

予想外の中身に、神楽は正直びっくりしていた。飴こそ入っていなかったが、確かに包みの中はカラッポではなかった。最後まで開けもせずに、沖田に散々文句を言ってしまったことを神楽はちょっぱり反省した。

しかし沖田も沖田だ。
こんなまどろっこしいことをしなければ、神楽だって悪戯だとは思わなかったのに。なんでわざわざ勘違いしてしまうような真似を──。

そこまで考えたとき、神楽はこんぺいとうを包んでいた最後の包みに目を留めた。


(え──)



そこには、小さく小さく。

愛の告白が書かれていた。


ともすればこんぺいとうに気を取られて見落としてしまうような、控え目な言葉。


(え…ちょ、何…アルかこれ…)


その瞬間に、た
くさんの包みの中に隠されていたものが何だったのか──神楽はようやく理解した。


(…ま、まどろっこしい男ネ…!)


ふるふると震える拳を押さえて、神楽はその最後の包みを大切に胸のポケットにしまった。そして机の上に散らばっている飴玉を包みから次々に引っ張り出して、口の中に放り込む。

もごもごと甘い塊を頬張りながら、カラになった飴の包み紙を一枚広げた。


売られた喧嘩は買ってやる。決闘なんて臨むところ。それが神楽のモットー。


(受けて立ってやるネ!)


軽やかにペンをすべらせ、神楽はさっきのこんぺいとうの代わりに、スカートのポケットに入っていたビー玉を包んだ。それを違う飴の包み紙でくるみ、それをまた更に包む。
何度かそれを繰り返して、沖田の手法そのままに、一個の飴玉を完成させた。



「オイ、ひねくれサディスト」



精一杯傲岸な声で神楽は沖田を呼ぶ。そしてちらりと薄茶のその目に自分が映ったのを確認して、神楽は飴玉を投げた。




.

次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ