頂き物・捧げ物等
□薬指のマトリョーシカ
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だから神楽は、憧れてしまうのだ。
ドラマのような、きらきらとした愛に溢れた告白に。
本当は、綺麗な夜景も、美味しい食事もなくていい。レストランじゃなくたって構わない。ただ譲れないのは、恋人が心から愛を囁いてくれること。
神楽が夢見てしまうのは、本当はその一点だけだ。
「だけど、期待なんてしてないネ」
恋人とすら呼べない関係性の二人には、プロポーズなんて千里の彼方。まして沖田は、そんなことは微塵も考えていないだろう。
もう諦めよう、と神楽は思った。恋人だと思うから苦しいのだ。付き合っていたというのは勘違いで、沖田はただの悪友だった。そう考えることにしよう。
自分に言い聞かせるようにして、俯いていた顔をがばっと上げた。がばっと上げて──目に飛び込んできたのは、沖田の顔だった。
「ぎぃやぁあああ!!な、なんでお前が目の前にいるアルかぁあっ!!」
「ぎぃやぁあって…それが彼氏の顔見て出す声かィ…。流石の俺でも傷付きまさァ」
「な、何アルか!化け物アルかお前!!まさかテレポートを…」
「いや俺エスパー?」
低く呟いて、沖田は神楽の腕を再び引っ張った。
「お前、口悪すぎ。くたばれはねーだろィ。俺ァガラスハートなんだから気ィつけろよな」
「…今日は耳日曜なんダロ。幻聴なんじゃないアルか」
「あー聞こえない聞こえなーい。聞こえねーから一方的に言いまさァ。チャイナ、お前頑固すぎ」
ぺし、と神楽の額にデコピンをして、沖田は神楽の掌に飴玉をひとつ乗せた。
「残念だけどチャイナ、俺達あんまり価値観違わないぜィ。でなきゃこうも好きなモンが一致しねェ」
「…それは味覚の話ネ」
「俺ァお前と喧嘩すんのも楽しいし、お前がいりゃあそれでいい。チャイナもそう思うだろィ?」
「…いきなりナルシストは発言アルな。お前ちょっと自意識過剰、」
「あー聞こえない聞こえない。聞こえねーし答えは聞いてねェ。だからチャイナ、お前にコレやる」
きゅっと無理やり握らされた飴は、歪つな形をしていた。
「飴なんかいらないネ。コレでチャラにしろってか?」
「そういう台詞は開けてから言いなせェ」
むっと唇を尖らせて、神楽は渋々飴の両端を引っ張って包みを開ける。
すると中には飴玉ではなく、また違う包みが入っていた。
(こ…こんにゃろぉ〜〜)
神楽は怒りで震える拳を必死に押さえた。
何だコレは。小学生の悪戯か。大人にもなって、何をやっているんだこの男は!
(私をおちょくったアルな!)
何だかもう悔しくて、神楽はやけっぱちで飴の包みを開いた。中にはまた新たな包み。開けて開けて開けて──そうして最後に出て来たのは、
「──え、」
きらりと光る、綺麗な指輪だった。
「…沖田、コレ、」
「お前にやりまさァ」
「…どういう意味アルか」
「見りゃわかるだろィ。…一応言っとくけど、飴玉じゃねーから食うなよチャイナ」
ふっと微笑って、沖田は右手を差し出した。ぽかんと呆けたままの神楽の左手を取って、薬指を軽く弾く。
「俺の価値観でいくと、その指輪はこの指にはめるモンなんだけどねィ。──これも価値観の相違ってやつかィ?」
ニッと笑う沖田には、最初から神楽の返答などわかりきっているかのようで。不覚にもどくんと高鳴ってしまった鼓動に、神楽は素直になることにした。
「──偶然ネ。私も、そう思ったところヨ」
鮮やかな笑みを浮かべて、神楽は自分の薬指に、きらりと光るその指輪をゆっくりとはめた。
綺麗な夜景も美味しい食事も、今目の前には一切ない。それはもともと望んでいたものじゃなかったから、神楽は気にならなかった。
けれどたった一つだけ、どうしても譲れないもの。
今はこの指輪に込められているから、見逃してあげるけれど。そう遠くないうちに、必ずこの男に言わせてみせる。
「愛のコトバは、いつかまで待ってやるヨ」
不敵に笑った神楽の左手に、沖田は自分の右手を絡める。
繋がれた手から伝わるのは、昔と変わらぬ心地良い体温だった。
薬
指
の
マトリョーシカ
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