頂き物・捧げ物等

□満月の夜に
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見上げれば見事な満月だった。
漆黒に包まれた頻闇の中、くっきりと浮かぶその月の光が柔らかに地上へと降り注ぐ。



砕蜂は月が嫌いではなかった。
昼日中の太陽は自分には眩しすぎるけれど、静かな夜の仄かな月光は、ひどく心を落ち着かせてくれる。



それにいつも、思い出すのだ。
厳かな月を背にして凜と立つ、唯一無二の彼の人を。



(──貴女もこの月を、ご覧になっていますか夜一様)



皓々と輝くその両の目は、いつも月の黄金色がやどっているようで。円く大きな彼女の瞳が瞼の裏に蘇るから、砕蜂はとりわけ満月の夜を特別に思っていた。



「ええ夜やね」



突如降って来た声にはっとすれば、頭上、大木の太い枝の上から。隊長格の白い羽織りの裾がちらりと見えて、砕蜂は僅かに身構えた。



護廷隊内において、砕蜂の交遊関係は広いほうではない。刑軍を率いる手前、いざというてきは隊士も殺すのが砕蜂の役目。隊長格といえど、気安く話し掛けられる義理は持ち合わせていなかった。



「──誰だ」



厳しい誰何の声を向ければ、微かに笑む気配と共にかさりと枝葉が鳴った。
ひょっこりと顔を出したその人物に鋭い視線を送ると、糸のように細い両目とかち合う。




「──市丸」

「今晩は、二番隊長さん。…なんや、えらい怖い顔してはるなぁ」



けらけらと楽しげに笑う男に、砕蜂はふいとそっぽを向く。


三番隊隊長、市丸ギン。
曲者揃いの隊長十三人の中でも、とりわけ掴み所のない男。常にへらへらと笑い、ふらりとどこへでも出没するこの男が、砕蜂はあまり好きではなかった。



「今夜はホンマに綺麗なお月さんや。二番隊長さんも、お月見してはったん?」

「貴様に話す筋合いは無い」

「そない邪険にせんといてや。せっかくの月夜や。少しだけでええから、ボクに付き合うてくれへん?」

「断る。月見なら一人で勝手にやっていろ。気安く私に話し掛けるな」



くるりと踵を返して市丸に背を向けた砕蜂は、一寸の躊躇いもなく歩き出す。少しだけ瞼の裏に残った銀髪の残像を忌むように、眉間に皺を寄せた。




(嗚呼、折角の満月だったというのに)



とんだ鉢合わせで、気分が台なしになってしまった。よりによって、こんなときに出くわすこともあるまいに。



誰よりも敬慕する至上の君に、静かな心で思いを馳せる時間が邪魔されてしまったこと。それは砕蜂を憤らせるには充分すぎた。



(いけ好かぬ男だ)



舌打ちしてしまいそうになりながらも、とにかく少しでも早くこの場から離れようと砕蜂は両足に力を込める。瞬歩を使おうかと一歩を踏み出したとき、目の前で銀色がさらりと揺れた。




「酷いなぁ。いくらボクが怪しげやからって、逃げることないやないの」



ついと唇が孤を描き、市丸は砕蜂の肩に手を置いた。砕蜂が振り払おうと身をよじると、柔らかに、けれど先程よりもしっかりと肩を掴まれる。




「何だ、貴様は。放せ」

「二番隊長さんが逃げへんて約束してくれるんやったら、ええよ」

「ふざけるな。貴様のくだらない遊びに付き合っている暇など無い」

「つれへんなぁ。そんならボク、ずっとこのままで居らんとな」

「貴様の耳は節穴か?人の話を聞け。放せと言っているだろう」

「だって放したら行ってまうんやろ?」

「当たり前だ」

「せやったらやっぱり放せへんなぁ」



へらりと笑って、市丸は更に手に力を込める。全く真意の読めない行動に、砕蜂は眉間の皺を深くした。

嗚呼まったく、いけ好かない。




「──そんなに誰かと月見がしたいのなら、親しい者を呼べば良いだろう」

「そりゃ出来へん相談やね。ボクずっと二番隊長さんと話したいて思てたんや。せやから今日は諦めて、潔うボクとお月見してくれへん?」

「悪いが私は貴様と話すことなど何も無い。──これ以上しつこく言い募るなら、同じ隊長といえど容赦はせんぞ」




かちゃり、斬魄刀の柄を握ると、市丸はまたへらりと笑った。怖いなぁ、と呟いて、そのまま肩の拘束を解く。しかしすぐに砕蜂の腕を引いて、その唇に何かをあてがった。




「!?貴様何を──」

「お裾分けや。ハイ、あーん」




無理矢理口の中に含まされて、砕蜂は目を見開く。慌てて吐き出そうとするも、市丸の手が塞いでいて叶わない。為す術ないままに、舌先からじわりと甘さが伝わってきた。




(──これは…)




「毒なんて入ってへんよ」




ぱっと砕蜂から手を放して、市丸は腰の袋を指差した。ひょいと持ち上げて、砕蜂の前でゆらゆらと揺らす。





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