頂き物・捧げ物等
□そしてその空に
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思い出すのは
笑顔であって欲しいと願う。
【そしてその空に】
その夜は、低い雲が張り詰めて真っ暗な夜になった。月も星も見えない。けれど明かりは付けなかった。そして暗い部屋に一人、人知れず小さく泣き声を漏らす。
‥いつだってそう。
辛いこと
苦しいこと
寂しいと思うこと
押し寄せる胸の騒めきを押さえ付けるのは独りきり。
抱き締めて欲しいと、涙を拭いて欲しいと、そう願う気持ちは確かにあって。
もしかしたらその心のままに泣いてみたのなら、抱き締めてくれる手が、涙を拭いてくれる人が傍にあったのかもしれないけど。
だけど、だけど。
真っ暗な空は灰色に、そして白々と水色に変わって行く。涙は自然と乾いていた。
明ける空が眩しい。
そっと目を瞑ると瞼の裏側に見えたのは、大好きな人達の笑う顔だった。
近藤さんに、そ−ちゃんに、
‥それから。
仏頂面で愛想の無い男は目を反らして頬を赤くする。
可笑しくて笑いそうになった。笑いながらまた少し泣きそうになった。
嬉しいから。
こうやって思い出せるのが嬉しくてたまらないから。
だから怖くなる。
もしも私がこの人達の‥この人の前で泣き崩れてしまったのなら。
きっと、困らせてしまうだろう。戸惑わせてそして陰る表情が焼き付いて、後悔にも似た気持ちでその顔をいつも思い出す事になるだろう。
そんなの絶対に嫌だった。
思い出す時はいつも、晴れ渡るこの空のような晴れ晴れしい彼等がいい。
例えどんなに気持ちか重く沈もうと。寂しくて苦しくて辛い夜でも。彼等を‥彼を、思い出すだけで乗り越えられるような。
そんな彼等でいてほしい。
そして、また、自分も。
太陽が高く昇る頃、旅立つ彼等は晴れやかに胸を張っていた。
「わたしをおいていくんだもの
うわきなんてしちゃダメよ」
努めて明るい声でその背を見送る。
「…きっとよ」
本当はもっと、言いたいことがあったのだけれど。
きゅっと閉じた口元を持ち上げて笑顔を作ってみせた。決して言葉になどしなかった。
きっと私は一人になったらまた泣くのだろう。
けれどその時にはもう誰も傍には居ない。
‥今なら
まだ間に合うかもしれないと片隅に思ってみたけれど。
大丈夫、知っている。
この足が追い掛けたりなんてしない事を。この手が求めたりなんてしない事を。この目から涙が零れたりなんてしない事を。
この人達の目の前でこの笑顔は決して崩れたりしない事を私は知っているから。
遠く消えて行く背中。
結局一度も、私は彼等の前で泣くことは無かった。
それは誇らしくも思えたし、不器用なだけとも思えた。
だけどそれでいい。
涙を拭いてくれる手も、抱き締めてくれる人もいらないのだ。
私が泣くときは、誰も誰も傍になど居なくていいから。
だから、どうか思い出の中の私はいつも笑顔でありますようにと願っている。彼等の進むその道の先、例え何があっても、この空がどんなに寂しく淀んでも。それでも見上げた彼等が思い出すのは、晴れやかな私の笑顔であって欲しいと。
ただ、そう願っている。
「だから、たまには思い出してくださいね」
そっと言えなかった言葉を呟いてみる。
「わたしは」
言い掛けてポロリと涙が零れた時、もう彼等の姿は見えなかった。
終