Short Story3

□なみだにぬれる、
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手を必死に伸ばして
腕を必死に伸ばして

それでも擦り抜けてしまった時、人はどうすれば良いのでしょう。



けほ、けほ、なんて軽い咳の音が静かな空間に響くのが嫌だった。どうせなら私と貴方の悪口の言い合いだとか、くだらない話とか、そんな音が響けば良いのに。




(俺はもうすぐ居なくなる)




消毒液みたいな匂い。
無機質な機械音。
この部屋独特の匂いに、音に、頭がついていかずにクラクラしそう。




(アンタとの喧嘩、結構楽しかったぜィ)



初めてそれを聞いた時。正直耳を疑って、何回も聞き返した。信じたくなくて、信じられなくて。黙り込む貴方にウソじゃないって私の身体中の神経も告げていたけれど、それでも私は彼が「嘘だ」と言ってくれることを期待した。



あり得ないぐらいにね、心臓がバクバクいってショックで暫くは涙が止まらなかったよ。覚えてる?そんな私を弱々しく抱き寄せてくれたこと。




(…泣くな、)




その時私は初めて、至近距離で貴方の心臓の音を聞いた。強く強く、心臓が"生命の音色"を奏でていた。何故だろう、酷く安心した筈なのに不安でたまらなかったのは。



(ドク ドク ドク、)



ほら、

ちゃんと生きてる。
ちゃんと温かい。
ちゃんと動いてる。



これがこれから止まるなんて嘘でしょう?だってまだ動いてる。こんなにも強く強く音がするのに。止まるなんてうそ。






「サド、聞こえてるんだろ?」





消毒液みたいな匂い。
無機質な機械音。
慌ただしい医師や看護師。
呆然と立ち尽くす黒服の隊士達。



「早く起きるネ、サド」




苦しそうに、顔を歪ませる。
それを見て苦しくなったのは、私だけじゃない。泣き出す者も居た。






「決着を着けるネ」



まだ、連れて行かないで。
まだ、まだ…
言いたいことを言えてない。
まだたくさんしたいことがある。


「まだお前に言ってないこともたくさんあるヨ」

「──…」



ゆっくりと。

意識が殆ど無い筈の沖田が、目を開けた。

私はそれを見た時、目が合った時。似合わないぐらいに優しい瞳をしていて、目の前が歪んだけれど唇を噛んで耐えた。



「春になったら花見に連れてくヨロシ。まだあの時の決着着いてないだろ」



沖田の目がそっと細められる。



「…夏になったら海に行くネ。砂で城を作って勝負するアル」


涙が零れそうになった。
優しい手が頬を滑るから。



「……秋になったら紅葉を見に行くアル。そしたら甘味処回って、大食い対決するネ」



酷く柔らかく微笑んで、私を見つめる。
その目からは一筋、涙が零れていて。



(──ねえ、おきた、)




「…冬になったら…っ、」




(好きヨ)



堪えていた涙が、沖田の頬に落ちた。



「か、…ぐら…」



今にも意識が無くなりそうな沖田の口から出て来たのは、名前だ。

初めてそう呼ばれた。
最初で最後の呼び名なのだ、と悟ってしまった。


母が亡くなる間際も同じように名前を呼ばれたから。以前の母の姿と沖田の姿が重なって見えて


苦しくて、哀しかった。




「嫌だヨまだ…私まだ何もお前に…っ」

「…なく、な…」



またあの時と同じように同じ言葉で泣きじゃくる私を慰めるんだね。


ゆっくりと頭を撫でられた。
…無理だよ、沖田。堪えたくてもボロボロ流れて。私には止められないよ。




「ひっでぇ顔、でさ、」

「おきた、沖田……っ」



もう焦点が定まっていない沖田の顔を見ているのが辛かった。私は沖田の胸に顔を埋める。徐々に私の涙が沖田の衣服を濡らした。

もう何をしても無駄だとわかっているのに。すがりつくように、引き止めるようにまだ温かい胸の中で私は泣きじゃくった。






か ぐ ら 、 ま た な 。





最期に聞いた貴方の声は、まるで鈴の音のように。




綺麗な音を響かせて、消えた。















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